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 若手の農・商業者を中心とする本別町民有志のグループが、地場の農畜産物を活用したご当地メニューの開発を続けています。これまでに本別特産の小麦と黒豆を使った 「黒豆うどん」を考案 し、現在はこれに合うだし汁や具材の研究を進め、具体像を固めつつあります。将来的には商品化や町内飲食店での提供を視野に入れ、新たな食文化の創造を通じた地域おこしの夢を膨らませています。
 開発に取り組むのは、飲食業の柏崎秀行さん、農業の前田茂雄さん、農業の本寺政則さん、飲食業の池田圭吾さんたちです。5月に約20人で研究グループ「ほんべつ食☆道」(代表・柏崎さん)を立ち上げました。
 この半年間は、うどんにオリジナル性を持たせる研究を継続し、小豆や金時などの粉末や煮汁を加えるなどして試作を重ねてきました。その結果、本別産キタホナミの小麦粉に炒った光黒大豆(写真)のきな粉を練り込む製法を考案しました。
 更別農業高校や帯広畜産大学などが商品化に取り組む、更別村営農園「すももの里」の スモモを使ったパン の試作品が完成しました。11月16日(火)、関係者を集めた初の試食会が、更別農業高で開かれました。
 スモモのパン作りは今年4月から、更別農業高生が村内のパン店の助言を受け、試行錯誤を重ねてきました。10月には、畜産大と帯広信用金庫が共同研究契約を締結、パンの商品化を支援する体制が整いました。
 試作品は、地元産ジャガイモを練り込んだ生地にスモモジャムを入れたパンと、スモモのコンポート(砂糖煮)を乗せたデニッシュの2種類。酵母には、畜産大などが開発した「とかち野酵母」を使うなど、十勝産食材にこだわっています。
 この日出された意見などを参考に改良を加え、来年3月に千葉県で開かれる食品見本市への出品を目指すことにしています。

《参考:更別村「すももの里」》
http://www.sarabetsu.jp/cms/index.php?ID=189

《参考:すもも》b0171771_2120184.jpg
 スモモの果実はモモに比べて酸味が強いことが、和名の由来となっている。漢字では「李」とも書かれる。英語では「prune(プルーン)」、「plum(プラム)」などと呼ばれる(ただしウメも「プラム」と呼ばれることがある。)。地域によっては、ハダンキョウあるいはハタンキョウ(巴旦杏)とも呼ばれる。古くから日本に伝わっており、和歌などにも詠まれる。農園で栽培される他、自生しているものもある。
出典:.フリー百科事典『ウィキペディア』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%A2

地図:青☆印…更別農業高校  緑☆印…さらべつすももの里

 帯広南商業高校 バレーボール部の主将・伊関悠選手(3年)が、来春、Vチャレンジリーグ所属の日立リヴァーレに入団することが内定しました。
 十勝出身のVリーグ選手は、プレミア、チャレンジ通して、男子チャレンジリーグの東京ヴェルディでプレーする中西了将選手(法大、東海大四高、帯二中出)、女子同の元柏エンゼルクロスの渋谷桃子選手(道教大函館、帯南商高出)以来3人目になります。
 伊関選手は豊頃町出身で、茂岩小5年から地元の少年団・豊頃ランバースでバレーボールを始めました。豊頃中2年の時に、全道中体連で準優勝を果たし全国中学校大会に出場。少年団、中学生時代は主にレフトでアタッカーとして活躍しましたが、中学3年のときに北海道選抜の一員として出場したJOCジュニアオリンピックカップ全国都道府県対抗中学大会ではリベロを務めました。
 帯南商高進学後は1年生からレフトで活躍。2年生の春から主将に就き、同年の新人チームからリベロに転向しました。今年は3月の春高バレーに出場。6月の全道高体連は同校初の全道制覇の原動力となり、インターハイ出場を果たしました。10月の千葉国体では、北海道選抜の主将としてチームをけん引しました。

《参考:日立リヴァーレ》
 日立リヴァーレ(ひたちリヴァーレ)は、茨城県ひたちなか市を本拠地とする、日立オートモティブシステムズの女子バレーボールチームである。Vチャレンジリーグに所属。リヴァーレとは、イタリア語でライバルを意味する。2001年に廃部となった日立ベルフィーユとは別の系譜。
歴史 [編集]
 1980年11月に日立佐和として創部。1980-1981年第1回東部地域リーグからスタートするも、6チーム参加の最下位(5戦全敗)となる。1982-1983年に復帰。1985-1986年に、実業団リーグ(現・チャレンジリーグ 旧V1リーグ)に昇格を果たすが、その後は2度(1986-1987年、1996-1997年)の東部地域リーグ降格を経験するなど、実業団リーグで好成績を収められなかった。
 1996-1997年東部地域リーグ優勝後はチーム力をアップさせ、1998-1999年Vリーグ(現・プレミアリーグ)昇格を果たすまでに成長。しかし、トップクラスの壁が厚くわずか2シーズンで、V1リーグ(現・チャレンジリーグ)降格。2001-2002年、同リーグで優勝し、 2002-2003年Vリーグに復帰した。
 女子Vリーグの茂原アルカスが、2006年5月で廃部になった為、日立製作所関連のバレーボールチームは、日立佐和が男女合わせて唯一のチームとなった[1]。
 2008-2009年シーズンは全敗を喫して最下位となり、2009年4月のVチャレンジマッチ(入れ替え戦)で敗れ、8シーズンぶりにチャレンジリーグに降格となった。
 2010年4月、チーム名称をこれまでの日立佐和リヴァーレから日立リヴァーレに変更した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%AB%8B%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%AC
 帯広カムイトウウポポ保存会 (酒井奈々子会長)が伝承する十勝のアイヌ民族の歌と踊りが、2011年度から使用される小学5年生の社会科のデジタル教科書に掲載されることになり、11月7日、帯広市生活館隣の公園で歌や踊りの収録が行われました。
 東京書籍(東京都北区)が来春発行する教科書で、教室の黒板の代わりに設置した大画面に教科書のページを映し出し、動画や音声を流します。5年生の「国土の気候の特色と人々の暮らし」の中でアイヌ文化を紹介されます。紙の教科書では同文化の一例として写真のみだったが、映像では十勝のアイヌ民族の伝統文化を約6分間映像で流す中で、踊りや歌が紹介されます。なお、従来の紙の教科書も併用することになります。
 民族衣装を身に着けた同保存会のメンバー12人が、農作物に大きな被害をもたらしたバッタの踊りを再現した「バッタキウポポ」、男性2人による狩りの一幕を表した弓の舞「ク・リムセ」や、剣の舞の「エムシ・リムセなどを撮影しました。

《参考:帯広カムイトウウポポ保存会》
アイヌ古式舞踊(帯広カムイトウウポポ保存会)
■概要・見所
 帯広地域の先住民族により伝承されてきた歌と踊りや祭祀等は、年ごとにそれらを継承する人々が少なくなってきており、現在、わずかに当保存会が継承する歌や踊りに限られています。これらは当地域の先住アイヌ民族の文化と歴史を語るうえで非常に貴重なものです。
出典:北海道文化資源データベース
http://www.pref.hokkaido.jp/kseikatu/ks-bsbsk/bunkashigen/parts/10018.html
 11月7日(日)、本別町中央公民館で「とかち文化の集い」が行われました。
 今年度の十勝文化団体協議会の文化賞と文化功労賞の表彰が行われました。
◇短歌・文芸の多賀エイ子さん(本別町)
◇植物細密画家の故原高義さん(士幌町)
◇帯広合唱連盟
◇俳句の火山忠夫さん(更別村)
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 その後「相田みつを展に学ぶ」と題し、本別町教育会の澤田満教育長が記念講演で、昨年9月16日(水)~10月4日(日)に同公民館で開かれた「相田みつを展」について、誘致の目的や苦労話などを紹介しました。
 11月10日(水)・11日(木)の2日間、音更町の十勝川温泉第一ホテル豊洲亭=写真=で将棋の公式タイトル戦「第23期竜王戦」が行われました。b0171771_23112060.jpg
会場:豊洲亭6階の和室「桂」
立会:屋敷伸之九段 
解説:中座真七段 
記録係:渡辺愛生三段

渡辺明竜王(26)に羽生善治名人(40)が挑戦する、竜王戦の七番勝負の第3局が10日午前9時、渡辺竜王の先手で幕を開けました。終始劣勢だった羽生名人が、11日午後7時27分、羽生名人が138手で勝ち、対戦成績を1勝2敗としました。最終盤からの逆転で、羽生名人の執念の勝利でした。
 渡辺竜王は、第21期竜王戦で羽生名人に3連敗した後4連勝。第22期竜王戦では森内俊之九段に4連勝し、第23期の第1局・第2局で2連勝し、ここまで10連勝していました。

第1局:10月14・15日(木・金) 長崎県長崎市 「にっしょうかん別邸紅葉亭」
 ○渡辺明竜王 - 羽生善治名人
第2局:10月26・27日(火・水) 福島県福島市「摺上亭大鳥」
 羽生善治名人 - ○渡辺明竜王
第3局:11月10・11日(水・木) 音更町「十勝川温泉第一ホテル豊洲亭」
 渡辺明竜王 - ○羽生善治名人
第4局:11月25・26日(木・金) 兵庫県加古川市「鶴林寺」
第5局:12月1・2日(水・木) 石川県加賀市「あらや滔々庵」
第6局:12月14・15日(火・水) 岐阜県高山市「ホテルアソシア高山リゾート」
第7局:12月23・24日(木・金) 山形県天童市「ほほえみの宿 滝の湯」

《参考:竜王戦》
 竜王戦(りゅうおうせん)は、読売新聞社主催の将棋の棋戦で、全7タイトル戦(竜王戦・名人戦・棋聖戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦)の中の一つである。七番勝負の勝者は竜王のタイトル称号を得る。竜王戦は前身の十段戦、更にその前身の九段戦から数えると、1950年から開始された歴史が長く権威の高いタイトル戦であり、竜王位は名人位とともにプロ将棋界の頂点とされている。
概要 [編集]
 読売新聞社が主催していた「十段戦」が発展的に解消されて、1988年に「竜王戦」が発足した。駒の「竜王」(「飛車」の成り駒。略して「竜」とも呼ぶ。)から命名された。
 竜王戦となってからタイトル戦の中で最も高い賞金を誇るようになり、優勝賞金は3900万円、敗者賞金は1500万円であり、また、挑戦者決定三番勝負の対局料は350万円である。なお、賞金や対局料は何度か変更されている。
 1組から6組に分かれたトーナメント(竜王ランキング戦)、本戦トーナメント、および、竜王戦七番勝負とからなる。毎年11月頃から竜王ランキング戦が始まり、翌年夏に本戦トーナメントが行われて8~9月頃に挑戦者が決まり、竜王戦七番勝負は10月から12月頃にかけて行われる。
「竜王ドリーム」
 将棋の最高位のタイトル戦ながら、若手にもタイトル奪取のチャンスがあり、アマチュアや女流棋士も参加できる。実際、島朗・羽生善治・藤井猛・渡辺明のように若手時代に突然、竜王という最高位に上りつめた例がある。最低クラス挑戦記録の保持者は4組優勝で本戦進出した真田圭一・藤井猛・渡辺明であり、このうち藤井と渡辺はその期に竜王位奪取に成功している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E7%8E%8B%E6%88%A6
最終更新 2010年11月2日 (火) 15:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
 平成22年度 本別町文化奨励賞 が、10月19日の教育委員会で決まり、授与式が文化の日の11月3日、中央公民館大ホールで行われました。
◆文化奨励賞個人
◇青木ケイ子さん
(錦町)
・日本舞踊の発展に努め、舞踊の向上と普及に尽力する。本別町文化祭、舞踊祭に積極的に参加し、老人ホーム訪問など社会活動にも取り組む。
◇小坂静男さん(美里別西中)
・民謡、三味線の普及に努める。本別町文化祭、民謡三味線発表会などの文化事業に積極的に参加する。
◇前田昌雄さん(負箙1)b0171771_2204360.jpg
・邦楽文化普及発展において中心的な役割を果たす。本別町文化祭、民謡三味線発表会などの文化事業に積極的に参加する。

◆文化奨励賞団体
◇本別高校吹奏楽部(写真)

・第55回帯広地区吹奏楽団体コンクール帯広地区大会C編成(25名以内)の部で金賞
・第55回北海道吹奏楽団体コンクールC編成(25名以内)の部で銅賞
 11月12日(金)、冬の十勝で、南国生まれの マンゴーを生産する試み が始まります。
 音更町下士幌で温泉熱を利用した試験栽培を行うもので、「十勝“夢”プロジェクト 真冬のマンゴーづくり大作戦」と名付けられた試みです。全国販売や関連商品の開発を通し、農閑期の新たな産業づくりを目指し、現地で植樹します。
 帯広・十勝のまちづくりを考える経済人の集まり「とかち街なか文化機構」が中心となって、十勝の新たな産業にとプロジェクト化しました
 平成22年度本別町スポーツ賞・スポーツ奨励賞・文化奨励賞が、10月19日の教育委員会で決まり、11月3日授与式が行われました。
 授与式では、若木佳則教育委員長が式辞を述べ、一人ひとりに賞状と盾を手渡しました。
 また、高橋正夫町長方川一郎町議会議長から祝辞がありました。
 スポーツ賞が、北翔大学の 大和田真選手に 贈られました。
 大和田選手(美里別西上)は、本別高校時代に、スピードスケートの短距離で活躍したことが認められました。
◆大和田真選手の成績
2010北海道高等学校スケート競技選手権大会 男子1000m優勝
2010ようれい全国高等学校スケート競技選手権大会 男子1000m6位
2010全日本ジュニアスピードスケート選手権大会スプリント部門 男子総合5位
2010国民体育大会冬季大会スケート競技会 男子1000m4位
 現在、ネオシニア強化選手に選ばれ、活躍が期待されています。

なお、スポーツ奨励賞には、 本別高校女子弓道部が選ばれました。
◆本別高校女子弓道部の成績
平成21年度北海道高等学校弓道十勝支部大会 女子団体戦準優勝
平成22年度北海道高等学校弓道十勝支部大会 女子団体戦準優勝
 本別出身の 篠原(八角部屋) が、九州場所(十一月場所)で 序二段西43枚目 に昇進しました。
 篠原は、秋場所(九月場所)、序二段東70枚目で4勝3敗と勝ち越し、今場所27枚昇進しました。ふるさと本別町出身の道産子力士として、活躍を期待したいと思います。
 なお、秋場所(十一月場所)の日程は、下記の通りです。b0171771_22222636.jpg
◆会  場:福岡国際センター
◇番付発表:10月 2日(土)
◇初  日:11月14日(日)
◇千 秋 楽:11月28日(日)


 さて、この場所で私(ブログ作成者)が注目するもう一人の力士が、序の口西28枚目で、篠原と同じ八角部屋の 北勝国(ほくとくに) です。
 北勝国は、最高位で十両まで昇進しながら、秋場所では、番付外にまで陥落しました。この点で、篠原と同じ経験をしています。篠原同様、応援したいと思います。

《参考:北勝国英明》
 北勝国 英明(ほくとくに ひであき、1985年6月7日 - )は山形県鶴岡市出身で八角部屋所属の大相撲力士。本名は林 英明。身長178cm、体重143kg。得意技は押し、右四つ。最高位は東十両12枚目(2008年3月場所)。
略歴 [編集]
 山形県鶴岡市立鶴岡第四中を卒業後角界入り。2001年3月場所で初土俵。5番相撲で同期であった白鵬の立ち合い変化に敗れた際に右の人指し指と中指を骨折、肩も脱臼し途中休場。2005年にも右手首を骨折するなどけがに見舞われたが、この怪我を機に取り口を押し相撲から右差しに変えると番付を上げてゆき、2008年1月場所で5勝2敗の好成績を収め、十両昇進が決まった。しかし6勝9敗に終わり、1場所で幕下に陥落した。
 その後、3場所連続で3勝4敗と負け越し、東幕下12枚目まで番付を下げた後、4勝3敗、3勝4敗、4勝3敗と続き、再十両も狙える西幕下5枚目まで上がった2009年5月場所から2度にわたる古傷の手首の手術のため6場所連続で全休、2010年5月場所の時点では関取経験者としては昭和以降5番目の低地位となる東序ノ口9枚目まで番付を下げた2010年1月場所後に再手術を受ける際、八角親方は復帰が2011年になるとの見通しを示しており、それまで全休が続けば番付外に転落するところであったが、5月場所で7番相撲のみ出場。この時点では元関取としては龍門(1982年5月場所に番付外となり、同場所限りで廃業)以来2人目の番付外転落は回避された。しかし7月場所では再び全休し、番付外となった。大相撲野球賭博問題において野球賭博への関与が明らかとなったものの、賭け額が軽微であったため処分を見送られているが、休場にこの件が関係しているかは不明(同程度の関与が発覚した他の力士はいずれも出場している)。そして9月場所3日目に元関取としては昭和以降で史上初となる前相撲に出場した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2010年9月15日 (水) 02:42 (日時はUTC)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%8B%9D%E5%9B%BD%E8%8B%B1%E6%98%8E