人気ブログランキング | 話題のタグを見る
<< 旧統一教会解散命令で帯広の天地... 浦幌町立博物館で講座「博物館長... >>

パークゴルフ考案者の前原懿さん死去

パークゴルフ考案者の前原懿さん死去_b0171771_09163541.jpg
パークゴルフ像(幕別駅前)=2017年8月撮影

 2月24日,幕別町発祥の 「パークゴルフ(PG)」を考案した 前原懿(あつし)さんが 93歳で死去 され,関係者から惜しむ声が上がっています。
 前原さんは1934(昭和9)年生まれ,幕別町出身で,1952(昭和27)年に幕別町役場入りし,町教委教育部長時代の1983(昭和58)年6月,鳥取県東伯郡泊村(現・湯梨浜町)発祥のグラウンドゴルフをヒントにPGを考案しました。

パークゴルフ考案者の前原懿さん死去_b0171771_09160422.jpg
ちろっとの森パークゴルフ(幕別町)=撮影

 十勝毎日新聞が, 「『誰よりもPGを楽しんでいた』考案者の前原さん死去に惜しむ声」 と伝えています。
 【幕別】幕別町発祥の「パークゴルフ(PG)」を考案した前原懿(あつし)さんが24日に93歳で亡くなり,関係者から惜しむ声が上がっている。

 前原さんは1934年生まれ,幕別町出身で自治大学校卒。52年に町役場入りし,教育長や収入役などを歴任した。

 町教委教育部長時代の83年6月,鳥取県東伯郡泊村(現・湯梨浜町)発祥のグラウンドゴルフをヒントにPGを考案。生涯スポーツとして国内外での普及に努め,13年には町民栄誉賞を受賞,同年に文部科学大臣表彰「生涯スポーツ功労者」を受け取った。

 PGの普及や振興に向けた基盤作りに心血を注ぎ,87年に国際PG協会を設立し,事務局長に。2000年にはNPO法人化して理事長に就任し,11年3月に公益社団法人化して日本PG協会(本部・幕別)を設立。会長として長年,普及事業の指揮を執り,14年から顧問。

-略-

(大健太郎)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2026年02月26日12時22分の記事

by hombetu | 2026-03-08 00:07 | 十勝の町や村の情報 | Comments(2)
Commented by meiyue654 at 2026-03-09 20:47
パークゴルフの考案者である前原さんのご逝去に、改めてこのスポーツの歴史と重みを感じます。幕別町が発祥の地なんですね。
日本パークゴルフ協会は今後、前原さんの遺志をどのように受け継ぎ、スポーツを発展させていくのでしょうか。
Commented by hombetu at 2026-03-10 16:11
> meiyue654さん
 メールありがとうございます。
 meiyue654さんは,日本パークゴルフ協会関係の方でしょうか……。
 私は,十勝管内幕別町の近くの本別町出身で,首都圏の大学に進学,就職し,現在は埼玉県に住んでいます。
 若い頃,十勝に帰省の折に,よく友人とパークゴルフ(PG)を楽しんでいました。十勝管内のどの町にもPG場があって,みんなが楽しんでいます。
 初めは,十勝にしかなかったPG場が,最近は首都圏の町にもどんどん増えてきて,驚きました。これからも,身近なスポーツとして定着すると思い,期待しています。
 蛇足で,ご存じと思いますが,「ゲートボール」は十勝管内芽室町が発祥で,十勝管内の高校が「全国高等学校ゲートボール選手権大会」に出場し,強豪の作新学院高校に挑戦しています。
 また,「ミニバレーボール」も十勝管内大樹町が発祥です。
<< 旧統一教会解散命令で帯広の天地... 浦幌町立博物館で講座「博物館長... >>