本別中学校の増子さんが道主催のポスターコンクール「第24回全道中学生の税をテーマにしたポスター」で道知事賞優秀賞に選ばれ、3年連続の受賞という快挙を果たしました。
 道では毎年、全道の中学生から税をテーマとしたポスターを募集し、道知事賞など60点の作品を表彰しています。
 同コンクールは、道税の啓発事業の一環で毎年行われ、今年度は全道187校5、690点の応募がありまり、増子さんは最高位の道知事賞優秀賞5点の中に選ばれました。

 増子さんは2007年度に道知事賞部門、08年度に教育長賞部門で優秀賞を受賞。今回はルピナスが咲きほころぶ丘にコテージがたたずむ風景を描き、「明日につながる道税を」と納税の勧めを描きました。3年間、細部まで丁寧に描き上げられた作品は、北海道の自然をも強調していて、故郷に対する思いを表現しています。
 なお、増子さんの3つの作品は、下記のホームページに掲載されています。

第24回(平成21年度)は北海道知事賞優秀賞
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/zim/art/24poster.htm

第23回(平成20年度)は北海道教育委員会教育長賞優秀賞
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/zim/art20/index.htm

第22回(平成19年度)は北海道知事賞優秀賞
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/zim/art19/index.htm

 ()増子さんの名は、新聞報道等で公表されているので、姓のみですが匿名にしないで表記しました。ご了承ください。
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 3月6日(土)、清水宏保選手(36)が、最後の500メートルを走り抜けました。
 清水選手は、1974年2月27日生まれ、 帯広市出身、帯広市立栄小、同帯広第一中、白樺学園高、日大出で、コジマ所属。1998年長野五輪で金(五百メートル)と銅(千メートル)、2002年のソルトレークシティー五輪五百メートルでも銀メダルを獲得するなど、男子短距離のエースとして長い間スピードスケート界を引っ張ってきました。清水選手は、地元・帯広市の明治北海道十勝オーバルでラストラン。
 500メートルを走り切った後、電光掲示板には主催者の計らいで「33秒99」の世界新記録が点滅しました。最後の雄姿を見ようと詰めかけたファンは約2500人。ラストランの記録は、前日の会見で「(実現できずに)心残り」と話していた「33秒台」。出身の小学生から手作りの金メダルが首にかけられました。
 帯広市内の北海道ホテルで引退記者会見を行い、33年間のスケート人生に終止符を打ちました。時折言葉を詰まらせながら、現役生活を振り返った清水選手は「スピードスケートは僕の存在理由であり、人生そのものだった。僕の夢を支えてくれたすべての方々に、心からありがとうと言いたい」、と語りました。
 1998年には、当時24才で、NECに所属していた清水選手は、萩原一利帯広スケート連盟会長らとともに道庁に堀達也知事を表敬訪問し、帯広・十勝への屋内スケートリンク建設を直訴して、明治北海道十勝オーバル建設実現のため、尽力していました。

清水宏保公式ブログ
http://shimizu.at.webry.info/
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 3月1日(月)、士幌町立士幌高校(小松芳幸校長)農業特別専攻科の最後の修了証書授与式が開かれ、生徒7人に修了証が手渡されました。同特別専攻科は、3月末で閉科します。
 士幌高校は、1950年4月北海道川西農業高等学校(現在の北海道帯広農業高等学校)士幌分校として、設置が認可され、1952年11月に北海道士幌高等学校として独立しました。同校には、学科としてアグリビジネス科(農業)、フードシステム科(食品加工)が設置されています。
 専攻科は1974年に設置。農業後継者などを目指す高卒以上を対象に、2年制で農業経営者と農業関連産業技術者の育成を目指してきました。学習方法は、主に登校学習と自宅学習を組み合わせて、地域の実情に対応して展開されてきました。そして、このユニークな学習スタイルを具体化するために、「定時制的専攻科」として一般の専攻科と区別するため、学科名に“特別”を付けて「農業特別専攻科」と称してきました。
 同特別専攻科は、今回修了の7人を含め、この36年間で449人の修了生を送り出してきました。
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 2月21日(日)、町商工会青年部の主催で、「ほんべつ未来塾 大人になっても本別で暮らした~い!」が、町体育館で開かれ、商工業や農業、行政の各分野の若手と地域の子供たちが、将来のまちづくりの夢を語り合いました。
 40周年を迎えた町商工会青年部が創部記念事業の一環で開催しました。若手側の3団体から各6人、子供側からは小学生18人、中学生と高校生が各6人の計48人が参加。6グループに分かれて自由に討論し、結果を会場で発表しました。
  「本別公園に日本一のアスレチック場を」「本別のテーマソングをつくる」「道の駅に本別産の食べ物をもっと置く」「地元産小麦でナンをつくる」など、多彩なアイデアが飛び出した。
 これれの要望を受け、高橋正夫町長、田中敏行町農協組合長、岡崎勉町商工会長が、応答しました。
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 陸別町の観光情報発信サイト「りくべつインフォメーションサービス」が気象庁のアメダスデータなどを基に独自集計している「寒さ日本一ランキング」で、陸別町が2年連続の日本一になりました。
 ランキングの方法は1月・2月の毎日、全国のアメダスデータの日最低気温の上位10傑を1位10点から10位1点までポイントに換算して集計。陸別は今年、1位15回、トップ10入りも39日で合計331ポイントとなり、今冬の国内最低気温を2月4日に記録した上川管内占冠町に124ポイントの大差をつけて1位になりました。10位以内の中で、4地点が十勝館内になっています。
 なお、このランキングでは、本別町は第19位になりました。
 
『勝手に総合ランキング2010 』より
順位 観測地点…十傑出場回/日本一回数/合計ポイント  
1位 陸別町…39回/15回/331P
2位 占冠村…25回/13回/207P
3位 幕別町…30回/ 4回/205P
4位 大樹町…25回/ 5回/171P
5位 弟子屈町 …23回/ 1回/150P
   …
9位 中札内村 …14回/ 1回/ 90P
   …
12位 池田町…16回/ 0回/ 84P
19位 本別町…10回/ 0回/ 53P
47位 足寄町… 6回/ 0回/ 14P

幕別町は糠内地区、弟子屈町は川湯地区、中札内村は上札内地区

北海道陸別町の情報発信サイト公式ホームページ
http://www15.plala.or.jp/rikubetsu-info/ranking2010.html
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 3月1日(月)、本別町中央公民館において、東十勝7町が主催して「道東道全通に向けた地域振興シンポジウム 」が開かれました。十勝と道央圏が直結する2011年秋の道東道全線開通をにらみ、交流人口拡大のチャンスを生かす地域戦略について意見を交わしました。
 主催する東十勝とは、本別、足寄、浦幌、豊頃、幕別、陸別、池田の7町。そして、十勝観光連盟、十勝毎日新聞社が共催しています。
 十勝毎日新聞社が2010年の年間キャンペーンとして取り組む「350万市場への道・第2部」と連動する形で企画されました。会場には約300人が来場し、熱心耳を傾けていました。
 小樽商科大学の船津秀樹教授が基調講演を行い、農村・自然景観を抱える十勝の潜在的な観光需要を指摘、その優位性を生かした地域戦略を提言しました。
 その後、道東道全通に向けた地域振興について、パネルディスカッションを行いました。
・コーディネーター…・十勝毎日新聞社の小野寺裕編集局長
・パネラー…十勝町村会の高橋正夫会長(本別町長)
        日銀帯広事務所の河合博所長
        小樽商大船津秀樹教授
 会場には、主催する関係自治体の首長や行政機関の代表6名も来場していて、各々から発言がありました。発言された6名の皆さんは…
 竹林孝十勝支庁長
 安久津勝彦足寄町長
 岡田和夫幕別町長
 宮口孝豊頃町長
 水沢一広浦幌町長
 鎌田貢次帯広開発建設部部長

参考:船津秀樹教授の基調講演要旨
http://www.tokachi.co.jp/feature/201003/20100303-0004585.php

参考:道東道シンポ パネルディスカッション要旨
http://www.tokachi.co.jp/feature/201003/20100303-0004584.php
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 3月2日(火)、大相撲春場所(三月場所)の番付が発表され、本別町・本別中学校出身で八角部屋の篠原は、序の口東19枚目に陥落しました。
 篠原は、九州場所(十一月場所)では、序二段の東31枚目へ昇進しました。しかし、けがのために、九州場所と初場所(一月場所)と2場所連続で全休し、序の口東19枚目まで陥落しました。序の口は、東26枚目までなので、残り7枚までの位置に当たります。
 春場所は、3月14日(日)~3月28日(日)、大阪府立体育会館で行われます。秋場所(9月場所)では、1勝3敗から3連勝して勝ち越した篠原の奮起に期待したいと思います。

 なお、「道産子」の主な関取と力士の番付は次の通りです。
若天狼(わかてんろう/間垣部屋、根室市出身)…十両東9枚目
北皇(ほくおう/ 高田川部屋)…幕下東49枚目
錦風(にしきかぜ/尾車部屋)…三段目東9枚目
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 さて、篠原は序の口東19枚目ですが、「序の口」とはどのように名付けてられたのでしょうか。
 答えは、「序ノ口」は上の口(上り口)から発祥したものだといわれています。
大相撲コラム集》から
 厳格なまでの階級社会である大相撲。それぞれの地位の由来を簡単に説明してみると次のようになる。まずは最高位の「横綱」から。そもそもは強豪大関に与えられた称号。腰に巻いた注連縄を横綱と呼んだことに由来する。次いで「大関」は横綱と並ぶ相撲界の看板。関取の「関」に尊称の「大」がついてこう呼ばれるようになった。
 また、「関脇」は大関の脇(次席)に位置することからついた名称だが、その次の「小結」については諸説あり断定できない。「前頭」は前相撲の頭(上位)という意味だが、一般的には平幕力士のことを指す。
 「十両」は正式には幕下上位十枚目までの力士のこと。かつてこの地位にいた力士に給金が10両支払われたことに由来する。したがって「十枚目」と呼ぶのが正式。「幕下」は幕内の下。「三段目」は番付の3段目に記されているため。「序二段」は下から2段目に位置しているのでこの名がついた。
 引用:大相撲コラム集(大相撲あんなこと・こんなこと)
http://sumo.goo.ne.jp/ozumo_joho_kyoku/yomu/001/157.html
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旧浦幌高校校舎=2016年5月撮影
※この画像は、後日掲載しました。

 3月1日(月)、北海道浦幌高等学校第47回卒業証書授与式がおこなわれました。これは、浦幌高校最後の卒業式で、14人の卒業生が最後の校歌かを歌い、涙の別れをしました。
 同校は、昭和26年(1951年)4月に開校。今年度の14人を含め、これまでに4268人の卒業生を送り出しました。そして、3月末で閉校し、59年間の歴史に幕をを閉じることになります。
 卒業式には、生徒や関係者約80人が出席し、山口聰史校長から生徒一人ひとりに卒業証書が手渡されました。水沢一広町長、益子幸一PTA会長、竹田悦郎同窓会長・振興会長ら来賓の祝辞に続き、佐藤法士生徒会長が答辞を述べました。
 先月(2月)13日に行われた閉校記念式典・惜別の会には、全国から卒業生ら約400人が駆けつけ、別れを惜しみました。募集停止となった2008年度以降、「思い出プロジェクト」などを通じ、地域と協力しながらフィナーレへと歩んできました。
 
 また、浦幌町では、上浦幌小学校(中村厚喜夫校長、児童13人)が、創立100周年の節目とともに3月でその歴史を閉じ,上浦幌中央小学校に統合することが決まっています。
 2月21日(日)、上浦幌小では、惜別の会(創立100年兼閉校記念事業協賛会主催)が開かれ、卒業生ら約300人が集まり、料理を囲んで思い出を語り合いました。

参考:2007年公立高校配置計画案
 北海道教育委員会は6月5日、2008~2010年度の公立高校配置計画案を公表した。
 全日制課程では2008年度に喜茂別、沼田、風連、和寒、浦幌の5校を募集停止とするなど、2010年度までに計11校を募集停止するほか、計9校が再編統合の対象となった。道教委では、道議会の審議などを経て今年(2007年)9月には、配置計画の正式決定を目指している。
 道教委が昨年8月にまとめた「新たな高校教育に関する指針」では、高校の望ましい規模を「1学年4~8学級」とし、3学級以下の高校は近隣高校との再編を進めるとした。ただし、3学級以下でも、他校への通学が困難な場合は特例で存続させ、「センター校」からの出張授業や通信による遠隔授業を行う「地域キャンパス校」を導入する。1年生の在籍者が20人未満となり、今後も生徒数増が見込めないなどの場合は再編対象とした。配置計画案では一学級定員40人として、2010年度までにのべ24学級を増やし62学級を減らす。地元からの進学率が高い計13校を地域キャンパス校とした。


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 勇足78にある清掃センターについて、町は今年の秋にも、老朽化が著しい 煙突部分を撤去 することになました。
 清掃センターは、ごみ処分施設として1982年10月に完成しましたが、現在は7年余りにわたり遊休施設になっていて、煙突には一部コンクリートの腐食も確認されています。
 本別町と足寄町、陸別町のごみ処分を引き受けるために、2002年12月に銀河クリーンセンターが足寄町中足寄に開設されるまで稼働し、その後は遊休状態になっていました。煙突は、地上35メートル、上部口径が80センチの鉄筋コンクリート製で、7年余りの間に表面の腐食が進み、鉄筋がむき出しになっている部分が発見されていました。

 一方、銀河クリーンセンターは国のダイオキシン規制強化や資源リサイクル法などを受け、3町が集約的なごみ処理とコスト削減のため建設した。施設は、
(1)生ごみの高速たい肥化設備
(2)ペットボトルなどの資源リサイクルプラザ
(3)最終処分場
の3つの機能を持ち、2001年3月に着工しました。総工費は約24億5500万円で、負担金は各町から持ち込まれるごみの量に応じて決められています。

写真:銀河クリーンセンターのペットボトルが乗せられたベルトコンベヤー
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 2月27日(日本時間28日)、バンクーバー冬季五輪のスピードスケート女子団体追い抜きは、「五輪オーバル」で準決勝と決勝が行われ、穂積雅子選手、田畑真紀選手(ともにダイチ)、小平奈緒選手(相沢病院)の布陣で臨んだ日本は銀メダルを獲得しました。
 今季ワールドカップ(W杯)ランキング3位の日本は1回戦では、4.16秒の大差で同6位の韓国を、準決勝では0.19秒差で同9位のポーランドを破りました。しかし、決勝では僅差で、同4位のドイツに敗れました。前半でリードしたものの、最後に底力を発揮したドイツに、わずか100分の2秒差をゆるし、逃げ切ることができませんでしした。女子団体追い抜きは前回2006年トリノ五輪から採用された種目。日本は同五輪の3位決定戦で最後尾の選手が転倒し、惜しくもメダルを逃していましたが、初のメダル獲得に成功しました。また、この大会女子スピードスケートの初メダルになりました。
 なお、この種目にエントリーしていた15歳の高木美帆選手(幕別町生まれ、札内中)に、出場機会はありませんでした。 レース後、先輩に呼ばれて日の丸を背負って一緒にリンクを回りました。レースに出た選手だけがメダルを授与されるため、表彰式後、3人の先輩に3個の銀メダルをかけてもらいました。(写真
  また、平子裕基選手(開西病院)、出島茂幸選手(十六銀行)、杉森輝大選手(白樺学園高−明大出、吉羽木材)の27歳トリオで臨んだ男子団体追い抜きの1回戦(準々決勝)は、米国に約4秒差の完敗。また、順位決定戦では、出島茂幸選手、土井槙悟選手(芽室町出身、白樺学園高-早稲田大、開西病院)、平子裕基選手にメンバーを替えましたが、スウェーデンに敗れ、8位に終わりました。
 
▽スピードスケート女子団体追い抜き決勝の結果
1位 ドイツ 3分02秒82
 ダニエラ・アンシュッツ
 シュテファニー・ベッカート
 カトリン・マットシェロト

2位 日本 3分02秒84
 穂積 雅子(駒大苫小牧高、ダイチ)
 小平 奈緒(信州大卒、相澤病院)
 田畑 真紀(勇払郡鵡川町出身、駒大苫小牧高卒、富士急-ダイチ)
(写真:左から田畑選手、小平選手、高木選手、穂積選手)
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