3月20(日)、「アイスワイン2008」が、十勝管内で発売されます。ブドウを樹上で凍らせ、約1年3カ月かけて造るぜいたくな十勝ワイン「山幸アイスワイン」の販売数量は、昨年の1・5倍に当たる計925本。「奇跡のしずく」とも言われる人気商品で、今年は希望者に行き渡るかどうか、注目が集まっています。
 アイスワインは酸味、甘みともに強いデザートワイン。歩留まりが悪く、通常のワイン用に比べて8倍の面積の畑が必要といわれます。
 町の挑戦は今年で4年目。1年目は収穫目前にムクドリの群れにブドウを食べ尽くされて製造を断念。2年目は瓶詰め後に再発酵の恐れが出たため自主回収せざるを得ず、昨年は軌道に乗ったものの需要に供給が追いつきませんでした。
 今年の販売量は200ミリリットル入り瓶で、価格は税込み1本4200円。
 また、日本航空インターナショナルが毎月発行しているJALグループの機内誌「Agora(アゴラ)」3月号に、池田町ブドウ・ブドウ酒研究所所長の中林司さんが紹介されています。「Agora」は、JAL国際線に配置されており、世界を飛び回るエグゼクティブに「日本一のワインの町・池田」が紹介されました。
 池田が「日本一ワインをよく飲んでいる町」とされ、国内で最初に自治体経営のワイン醸造を始めた関係者の苦労や成功までの道のりについて書かれています。

十勝ワイン公式ホームページ
http://tokachiwine.blog99.fc2.com/blog-entry-33.html
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《参考:アイスワイン》
 アイスワインは、天然状態で凍ったブドウから生産されるワインである。水分は凍るが糖やその他の固体成分は凍らないため果汁が濃縮され、非常に甘いワインとなる。天然に濃縮された果汁を発酵させる点は貴腐ワインと同じだが、アイスワインはボトリティス・シネレアの影響は受けていないため貴腐香は持たない。
アイスワインの誕生はドイツのフランケン地方であった。ブドウ畑が予想していない寒波におそわれてしまいブドウが凍ってしまった。諦めきれなかった農民たちは、凍ってしまったブドウでワインを造ったところ、とても糖度が高く美味しいワインとなっていた。この偶然からアイスワインが作られるようになった。当時は非常に貴重で高価だったため貴族の飲み物であった。
 アイスワインとして最も有名なものはドイツのアイスヴァイン(Eiswein)であるが、カナダやオーストリアでも造られている。世界最大のアイスワイン生産国は安定した寒さが得られるカナダであり、本家ドイツを上回る高い評価を受けている。また、ナイアガラ地方にはアイスワインの生産で世界最大のワイナリーが存在する。日本ではアイスワインを定義する法律がないためにフルーツワインをアイスワインと称して販売しても違法ではないが、カナダ、ドイツ、オーストリアにおいてはアイスワインと名乗るためには、原料、収穫方法、温度などの厳格な基準を満たす必要がある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3
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 3月12日(土)、本別町 西仙美里の道立農業大学校で卒業式が行われました。今年度は、十勝出身の16人を含む73人が専門分野の学びを終えました。
 卒業生の内訳
◆畜産経営学科…………29人
◆畑作園芸経営学科……27人
◆稲作経営専攻コース…10人
◆農業経営研究科……… 7人
うち49人が就農、5人が国内・海外研修、10人が就職し、9人が進学します。
 式では晴れ着姿の学生が1人ずつステージ に上がり、樋口廣作校長から卒業証書や修了証書を受け取りました。
 樋口校長が式辞を、高橋正夫町長らが祝辞を述べました。また、卒業生を代表し、畜産経営学科の山木弘志さんが答辞を述べました。
道立農大公式ホームページ
http://www.agri.pref.hokkaido.jp/college/index.htm
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3月17日(水)、五輪スピードスケートに出場した長島選手と高木選手が、地元を訪れました。
 長島圭一郎選手(日本電産サンキョー)は、卒業した利別小学校、池田中学校、池田高校、町役場などを訪問。利別小学校では、6学級全クラスを順番に回って銀メダルを披露しました。子どもたちは一人一人手に触れていました。池田高校では、午前11時半から1、2年生182人を前に報告会が開きました。
 幕別町出身の高木美帆選手は17日午前、町役場を訪れ岡田和夫町長に応援のお礼を述べました。高木選手は、五輪後、ロシア・モスクワで開かれた世界ジュニア選手権に出場し16日に十勝へ帰ってきました。

動画》 長島選手が故郷に凱旋 池田町町民大パレード
http://www.tokachi.co.jp/photograph/?photoid=5265
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 YOSAKOIソーランチーム「義経爛漫」の解散式が行われ、10年余りの活動にピリオドを打ちました。
 同チームは1998年11月、約120人で発足。2000年から8年連続でYOSAKOIソーラン祭りに出場したほか、町内外でのイベントにも出演してきました。しかし、年々、会員が減少し、10周年の2008年に本祭出場規定人数の40人を割り込んだことから、2010年で活動を一区切りとし、1年間を地域への恩返しの活動をした上で、今年度限りの解散を決めていました。
 衣装は町花「エゾムラサキツツジ」にちなんだ紫色の法被。遠くから見てもすぐに「義経爛漫」と分かるカラーで、鳴子にもツツジをあしらっていました。

《参考:YOSAKOIソーラン祭り》 毎年6月上旬に北海道札幌市で行われる祭。 北海道内のみならず日本全国、あるいは海外からも参加者が訪れる、さっぽろ雪まつりと並ぶ札幌の大イベントである。
 1992年、当時北海道大学の学生だった長谷川岳が中心となり、高知県のよさこい祭りと北海道のソーラン節がミックスされて生まれた。第1回は参加者10チーム1000人、観客動員数は20万人であったが、その後、参加者・観客動員数とも急速に成長を示し、第16回では、参加チームが340、観客動員数は216万5,600人を記録した(ともに主催者発表。)。しかし、こうした急成長と表裏一体として、批判も根強く存在している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/YOSAKOI%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E7%A5%AD%E3%82%8A
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 本別高校入学者選抜における合格者68人に朗報が届きました。
 2010年度(平成22年度)入学生対象の北海道内の公立高校の一般入学試験が3月3日(水)行われ、3月16日(火)午前10時、全道一斉に合格者が発表されました。
 十勝管内20校では、計2535人が合格しました。

◇主な十勝管内公立高校の募集学科と合格者数
本別高校 全日制 普通科  68人
足寄高校 全日制 普通科 38人
池田高校 全日制 総合学科 107人
帯広柏葉高校 全日制 普通科 280名
帯広三条高校 全日制 普通科 280名

 なお、募集定員に満たなかった学校は24日から26日正午まで2次募集を受け付けます。

 一方、十勝管内の私立4高校(帯広大谷、白樺学園、帯広北、江陵)は3月15日(月)正午、2010年度入試の合格発表があり、4校合わせて2372人の合格者が発表されました。
 4校合計の募集定員は795人で、推薦を含めて2495人が出願していました。
合格者の内訳は次の通りです。
帯広大谷高校 1165人(文理コース631人、普通コース534人)
白樺学園高校 283人(進学・教養コース197人、体育コース86人)
帯広北高校 706人(特進コース234人、総合コース472人)
江陵高校 218人(福祉科42人、普通科176人)
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 3月14日(日)、開幕した大相撲春場所(三月場所)で、本別町・本別中学校出身で八角部屋の篠原は、休場しています。
 けがのために、九州場所(十一月場所)と初場所(一月場所)と2場所連続で全休し、序の口東19枚目まで陥落しましたが、今場所で3場所連続の休場となります。
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 国土交通省は3月9日(火)、全国の空港の新設時や滑走路延長時などに試算された国内航空旅客の需要予測と、2008年度の利用者実績の一覧を公表しましたた。国や地方自治体などが行う需要予測は、空港整備の根拠として位置付けられています。
 調査は全国98空港のうち、需要予測のある72空港を対象に実施。道内は13空港のうち丘珠、礼文以外が対象になり、道内11空港のうち2008年度の旅客数実績が過去の需要予測を上回っているのは旭川空港だけで、需要予測の達成率は紋別空港が12.9%と全国最低で、2007年2月に千歳便、丘珠便が廃止され、現在は1日1往復の羽田便だけになっています。また、奥尻空港も15.4%と低迷するなど、多くは需要予測を大きく下回っています。
 11空港のうち旭川空港、とかち帯広空港は地元自治体が管理しています。旭川空港は2005年度需要を110万6000人と予測し、08年度実績は123万8000人(達成率111.9%)。旭山動物園の人気が観光客の利用増につながったためとみられます。
帯広空港ターミナルビル株式会社は北海道、帯広市を始めとする十勝管内の全市町村、航空会社、経済界等を株主にする第3セクター方式の会社です。現在のとかち帯広空港の開港に伴い、空港ターミナルビル等の施設の管理運営をする組織として昭和53年に設立されました。達成率は45.9%で、赤字経営に苦しんでいるのが実情です。
 また、北海道随一の利用者を誇る新千歳空港は、1660万人の2000年度需要予測に対し、実績は1651万5000人(達成率99.4%)でした。

道内空港の需要予測と旅客実績◇〈単位は千人〉
空港名 達成率(%) 需要予測(年度)  08年度旅客数
旭川  111.9  1,106(2005)  1,238
新千歳  99.4 16,600(2000) 16,515
函館   69.9  2,275(2000)  1,592
女満別  55.3  1,596(2005)   883
釧路   49.0  1,581(2005)   775
帯広   45.9  1,328(1995)   610
中標津  34.4   511(2005)   176
稚内   27.5   705(1990)   194
利尻   21.1   142(2007)    30
奥尻   15.4    71(2005)    11
紋別   12.9   371(2005)    48

下写真:オホーツク紋別空港の全日空機
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地図青☆印…帯広空港 緑☆印…旭川空港 橙☆印…新千歳空港 赤☆印…紋別空港 

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 バンクーバー冬季五輪スピードスケートで銀メダルを獲得した長島圭一郎選手と、及川佑選手、太田明生選手の3選手の活躍を記念する十勝ワイン 2種類が、3月19日(金)、町内限定で発売されます。ともに池田高校の出身の3人の活躍で、町民に感動を与えてくれた記念に発売することになりました。
発売されるのは以下のワインです。
セイオロサムのビンテージセット…赤・白2本入り各720ml、500セット限定
記念町民還元トカップ…720ml、赤、白各6000本
 銀メダルをイメージしたシルバーラベルに「夢と感動をありがとう」の文字を入れ、町ブドウ・ブドウ酒研究所が発売します。
地図 赤☆印…ブドウ酒研究所  青☆印…池田高校

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本別中学校の増子さんが道主催のポスターコンクール「第24回全道中学生の税をテーマにしたポスター」で道知事賞優秀賞に選ばれ、3年連続の受賞という快挙を果たしました。
 道では毎年、全道の中学生から税をテーマとしたポスターを募集し、道知事賞など60点の作品を表彰しています。
 同コンクールは、道税の啓発事業の一環で毎年行われ、今年度は全道187校5、690点の応募がありまり、増子さんは最高位の道知事賞優秀賞5点の中に選ばれました。

 増子さんは2007年度に道知事賞部門、08年度に教育長賞部門で優秀賞を受賞。今回はルピナスが咲きほころぶ丘にコテージがたたずむ風景を描き、「明日につながる道税を」と納税の勧めを描きました。3年間、細部まで丁寧に描き上げられた作品は、北海道の自然をも強調していて、故郷に対する思いを表現しています。
 なお、増子さんの3つの作品は、下記のホームページに掲載されています。

第24回(平成21年度)は北海道知事賞優秀賞
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/zim/art/24poster.htm

第23回(平成20年度)は北海道教育委員会教育長賞優秀賞
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/zim/art20/index.htm

第22回(平成19年度)は北海道知事賞優秀賞
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/zim/art19/index.htm

 ()増子さんの名は、新聞報道等で公表されているので、姓のみですが匿名にしないで表記しました。ご了承ください。
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 3月6日(土)、清水宏保選手(36)が、最後の500メートルを走り抜けました。
 清水選手は、1974年2月27日生まれ、 帯広市出身、帯広市立栄小、同帯広第一中、白樺学園高、日大出で、コジマ所属。1998年長野五輪で金(五百メートル)と銅(千メートル)、2002年のソルトレークシティー五輪五百メートルでも銀メダルを獲得するなど、男子短距離のエースとして長い間スピードスケート界を引っ張ってきました。清水選手は、地元・帯広市の明治北海道十勝オーバルでラストラン。
 500メートルを走り切った後、電光掲示板には主催者の計らいで「33秒99」の世界新記録が点滅しました。最後の雄姿を見ようと詰めかけたファンは約2500人。ラストランの記録は、前日の会見で「(実現できずに)心残り」と話していた「33秒台」。出身の小学生から手作りの金メダルが首にかけられました。
 帯広市内の北海道ホテルで引退記者会見を行い、33年間のスケート人生に終止符を打ちました。時折言葉を詰まらせながら、現役生活を振り返った清水選手は「スピードスケートは僕の存在理由であり、人生そのものだった。僕の夢を支えてくれたすべての方々に、心からありがとうと言いたい」、と語りました。
 1998年には、当時24才で、NECに所属していた清水選手は、萩原一利帯広スケート連盟会長らとともに道庁に堀達也知事を表敬訪問し、帯広・十勝への屋内スケートリンク建設を直訴して、明治北海道十勝オーバル建設実現のため、尽力していました。

清水宏保公式ブログ
http://shimizu.at.webry.info/
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