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道東道池田インターチェンジ=2016年9月撮影
左のレーンが釧路・北見方面,右が札幌・帯広方面

 道東自動車道の池田インターチェンジ料金所入り口で,ゲートを間違えて進入 する車が後を絶たないとのことです。
 池田ICは精算方法の違いから,入り口ゲート前で「札幌・帯広方面」と「釧路・北見方面」にレーンが分かれていて,ゲートをくぐった後では行き先を変更できないのが原因です。
 ネクスコ東日本道支社は,利用者に行き先の入り口ゲートを間違えないよう呼び掛けています。

 私(ブログ作成者も,帰省の折,道東道を利用することがあります。池田ICから入るときは,迷うことがあります。
 一般には,ICから入った後で行き先別に分かれシステムになっているのですが,道東道の池田ICの場合,最初に行き先別に入口を選択するようになっているからです。つまり,右のゲートから入ると,「帯広方面」には行けるのですが,「本別方面」には進めない仕組みになっているのです。その旨,案内標示もされています。(下写真
 これは,本別ICと足寄ICには料金所が未設置の都合で,現在のような特殊なシステムにする必要があるからです。料金所を設置し運営するためには,かなりの経費がかかるとのことです。
 進入方法について,一目で分かるような表示をするとか,ICの少し前から説明板を用意する,あるいは,池田ICについて,逆に「日本一誤侵入の多い,珍しいICです!」と,一般に宣伝する等,もっと工夫する必要があるのではないでしょうか。
 テレビ朝日系列で放送中の『ナニコレ珍百景』に応募するのはどうでしょう…。(真面目な話です。)

 また,道東道では,以前から,本別IC-足寄IC間の通行ができないという,もう一つの問題がありました。
 この問題も,本別ICと足寄ICには料金所が設置されていないことが原因しています。  
このブログでの関連ページ「道東道,本別-足寄間は走行不可能?」
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道東道池田IC進入表示=2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「ゲート間違い後絶たず 道東道池田IC」 と伝えています。
 道東自動車道の池田インターチェンジ(IC)料金所入り口で,ゲートを間違えて進行する車が後を絶たない。同ICは精算方法の違いから,入り口ゲート前で「札幌・帯広方面」と「釧路・北見方面」にレーンが分かれており,ゲートをくぐった後では行き先を変更できないためだ。ネクスコ東日本道支社は,利用者に行き先の入り口ゲートを間違えないよう呼び掛けている。

 同ICは1995年10月,道東道の清水-池田間の開通に合わせ設置。2009年10月から,行き先別にレーンが分かれる現在の形となった。

 レーンがあらかじめ分けられているのは,「札幌・帯広方面」は出口精算,一方の「釧路・北見方面」は入り口精算と,支払い方法が異なるため。

 現在は,ドライバーが進行するレーンを間違えないよう,方向を道路上に表示しているほか,「札幌・帯広方面」の進行方向を示すLED看板も設置。また釧路・北見方面を進むドライバーには入り口精算の際に,料金所の係員が進行方向に誤りがないか尋ねるなど防止策を講じている。

-略-

以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月31日 13時59分の記事http://www.tokachi.co.jp/news/201610/20161031-0025079.php

赤☆印…道東道池田IC(料金所有り) 緑☆印…道東道本別JCT・IC(料金所無し)


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参考写真:弓道
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E9%81%93

 10月30日,本別弓道連盟の 設立60周年記念大会が,銀河アリーナで開かれました。射手ら約50人が競技を通して連盟の歩みを祝いました。
 高校の部は本別高校の佐藤安純さん,一般は足寄の菅野裕也さんが優勝しました。
 本別弓道連盟は1956年,「本別弓道会」が十勝地区弓道連盟と北海道東部地区弓道連盟に加盟して発足しました。
 本別高校弓道部OBを中心に,1980年代には30人ほどの会員を数え,道・十勝大会で好成績を収めたほか,本別高生への指導も熱心に行い,道高校大会の活躍にも貢献しています。

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銀河アリーナ=2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「60周年で記念大会 本別弓道連盟」 と伝えています。
 【本別】設立60周年を迎えた本別弓道連盟(七田章会長)の記念大会が10月30日,銀河アリーナで開かれた。射手ら約50人が競技を通して連盟の歩みを祝った。

 同連盟は1956年,本別弓道会が十勝地区弓道連盟と北海道東部地区弓道連盟に加盟し発足。社会人の愛好者が集まり,初代会長は佐藤竹次郎さん(故人),会員は12人だった。

 本別高校弓道部OBを中心に,80年代には30人ほどの会員を数えた。道・十勝大会で好成績を収めたほか,同校生徒への指導も熱心に行い,道高校大会の活躍にも貢献している。

-略-

 本別のほか足寄,帯広などから,高校の部に17人,一般の部に24人が参加。「四矢二立八射」(一立目・座射,二立目・立射)で競い,高校は佐藤安純さん,一般は菅野裕也さんが制した。(木村仁根)

-略-

以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年11月01日6時30分の記事
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台湾松山国際空港
=2011年8月,機内より撮影

 11月8~12日,帯広市と釧路市,網走市の3市が連携して, 台湾で東北海道のプロモーション を行います。
 帯広・釧路・女満別の道東3空港エリアの米沢則寿帯広市長,蝦名大也釧路市長,水谷洋一網走市長の3氏がそろって現地に出向きます。
 地域経済の活性化やチャーター便の就航に結び付けたい考えで,一行は4班に分かれて中華航空(チャイナエアライン)など航空会社7社,旅行会社25社,台湾外交部所管の亜東関係協会や台湾交通部観光局などを訪れる予定です。

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とかち帯広空港
2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「道東3市長,台湾でPR チャーター増便視野に」 と伝えています。
帯広・釧路・網走 8日から5日間  帯広市は,釧路,網走の両市と連携して8~12日,台湾で東北海道のプロモーションを行う。帯広・釧路・女満別の道東3空港エリアの3市長(米沢則寿帯広市長,蝦名大也釧路市長,水谷洋一網走市長)が初めて,そろって現地に出向く。地域経済の活性化やチャーター便の就航に結び付けたい考え。

 国の地方創生加速化交付金1800万円の一部を活用し,「ひがし北海道空港連携台湾プロモーション」と銘打って実施する。

-略-

 3市が連携しての売り込みは昨年から事務レベルで動いていたが,地域を挙げた誘致体制の強化も見据え,3市長がそろって出向くことにした。

 訪問先は台湾の首都台北市と第二の都市に当たる高雄市。帯広市側の参加者は十勝管内の観光関連団体などで構成する「とかち観光誘致空港利用推進協議会」(会長・米沢市長)を中心に9人で,3市合わせて35人の予定。移動日を除く9~11日の3日間,4班に分かれて中華航空(チャイナエアライン)など航空会社7社,旅行会社25社,台湾外交部所管の亜東関係協会や台湾交通部観光局などを訪れ,台湾の観光情勢や道東3空港を結ぶチャーター便の増便に向けた意見交換などを行う。

-略-
(小縣大輝)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年11月01日13時31分の記事
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参考写真:シュナン・ブランから製造された白ワイン
出典:英語サイト・フリー百科事典『Wikipedia』
https://en.wikipedia.org/wiki/South_African_wine

 10月25日, 南アフリカワインの セミナー&試飲会 が,新宿区の「アグネスホテル アンド アパートメンツ東京」で開かれました。
 丸谷金保(まるたに かねやす)元池田町長の次女で総合ワインコンサルタント・南アフリカワインアンバサダーの田辺由美さんが,手頃な価格と高品質で人気の南アフリカワインの最新事情を紹介しました。
 試飲会では輸入業者17社が,赤,白,スパークリングの計約270アイテムのワインを出展しました。

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参考写真:南ア・フランシュフックオフパールのブドウ
園出典:英語サイト・フリー百科事典『Wikipedia』

https://en.wikipedia.org/wiki/South_African_wine

 十勝毎日新聞が, 「田辺さん,南アフリカワインの魅力語る 東京でセミナー」 と伝えています。
 【東京】「南アフリカワインセミナー&試飲会」(一般社団法人ワインアンドスピリッツ文化協会主催)が25日,都内で開かれた。丸谷金保元池田町長の次女で総合ワインコンサルタントの同協会理事長・田辺由美さんが,手頃な価格と高品質で人気の南アフリカワインの最新事情を紹介した。

 同協会は2014年から南アフリカワイン検定を実施し,同国ワインを紹介しようと国内最大級の試飲会として開いた。

-略-

 試飲会では輸入業者17社が,赤,白,スパークリングの計約270アイテムのワインを出展した。参加者は業者の担当者から説明を受けながら価格帯を確認し,飲み比べていた。 (原山知寿子)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月30日10時48分の記事
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考写真:チェーンソーで木を切る作業者
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%BC

 10月22日,幕別・豊頃両町で,十勝の森林・林業の仕事に触れる 「とかちの林業 魅力体感ツアー」 が,道内外から高校生や社会人など23人が参加して開かれました。
 協議会は5月に設立され,林業に興味のある人を対象に,林業の仕事を体験し触れることで理解を深めてもらおうと,ツアーを初めて企画しました。
 作業現場では,チェーンソーでの正確な方向への伐倒作業や,ハーベスタでの伐倒,木材をつかむグラップルでの集材作業などを見学しました。

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参考写真:伐採した木のハーベスターでの処作業理
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E6%A5%AD

 十勝毎日新聞が, 「初の林業ツアーに23人 幕別・豊頃」 と伝えています。
 【幕別・豊頃】十勝の森林・林業の仕事に触れる「とかちの林業 魅力体感ツアー」(十勝地域林業担い手確保推進協議会主催)が22日,道内外から高校生や社会人など23人が参加して,両町で開かれた。

 同協議会は5月に設立。林業に興味のある人を対象に,林業の仕事を体験し触れることで理解を深めてもらおうと,ツアーを初めて企画した。

 参加者は北海道ニッタ(幕別町)で,種から育てたカラマツやトドマツの苗畑を見学。豊頃町にある道有林では北村林業(浦幌町)の作業現場を訪れた。

 作業現場では,チェーンソーでの正確な方向への伐倒作業や,木材をつかむグラップルでの集材作業などを見学。材木用のハーベスタに乗った運転手が操作をして樹木をつかんで伐倒,枝払いして一定の長さに切りそろえる玉切り作業に驚きの声があがった。

-略-
(円子紳一通信員)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月25日7時30分の記事
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道立農業大学校
=2016年8月撮影

 10月22日,本別町にある道立農業大学校で,学生が生産・加工した農畜産物を販売する 秋恒例の「農大市」 が,校内の学生ホールで開かれました。
 ナガイモ,カボチャなどの農産物,黒毛和牛のステーキやブロック肉のほか,アイスクリーム,チーズ,ソーセージといった加工品も販売さました。 学生たちは,丹精込めて作った農畜産物をPRしました。

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アイスクリーム「仙美里ヶ丘」
=2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「野菜や肉売り切れ続出 本別・農大市で学生が販売」 と伝えています。
 【本別】道立農業大学校(町西仙美里25,中島隆宏校長)の学生が生産・加工した農畜産物を販売する「農大市」が22日,同校学生ホールで開かれた。

 ナガイモ,カボチャなどの農産物,黒毛和牛のステーキやブロック肉のほか,アイスクリーム,チーズ,ソーセージといった加工品も販売された。ハクサイは1玉100円,ゴボウ500グラム100円など,多くは市価の半額以下の価格設定だった。

-略-

 午前9時半の開始から30分で売り切れの商品も。

-略-
(木村仁根)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月26日10時19分の記事
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JICA北海道(帯広)
=2015年8月撮影

 10月22日,幕別町を会場にして,国際ソロプチミスト帯広みどりが,「One-dayおもてなしボランティア」で,国際協力機構(JICA)研修員と パークゴルフ等で交流 を深めました。
 JICA北海道(帯広)の研修員福利厚生プログラムの一環として,帯広みどりの会員,江陵高校ボランティア部と帯広大谷高校Sクラブの生徒,引率教諭ら38人が参加しました。

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「和の里」パークゴルフ銅像
=2012年9月,幕別駅前で撮影

 十勝毎日新聞が, 「JICA研修員と交流 幕別でソロプチミストみどり」 と伝えています。
 【幕別】国際ソロプチミスト帯広みどり(小林容子会長,会員41人)が22日,「ワンデイおもてなしボランティア」で,国際協力機構(JICA)研修員と交流を深めた。

 JICA北海道(帯広)の研修員福利厚生プログラムの一環。帯広みどりの会員,江陵高校ボランティア部と帯広大谷高校Sクラブの生徒,引率教諭ら38人が参加した。

 「小学校理科教育の質的向上(「教えと学び」の現場教育)コースの研修員13人と町依田公園の俳句村コースでパークゴルフを楽しんだ後,焼肉ガーデンまくべつで昼食をともにした。

-略-
(杉原輝美通信員)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月24日17時30分の記事
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関寛斎開拓地のジオラマ=2015年8月,関寛斎資料館で撮影

 陸別小学校の山口稔人教諭が,陸別開拓の祖, 関寛斎に関する劇を創作 し,学習発表会で披露しました。
 児童たちが開拓期などにタイムスリップし,そこで出会った関寛斎に「自立」と「共存」を学ぶストーリーです。
 山口教諭は,昨年の5年担任時から,総合的な学習の時間の一環で,地域を知る授業に取り組んできました。

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関寛斎像=2015年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「陸別小教諭が関寛斎の劇作 学習発表会で披露」 と伝えています。
 【陸別】陸別小学校(森雅仁校長,児童95人)の山口稔人教諭(28)が,陸別開拓の祖,関寛斎に関する劇作を手掛け,学習発表会で披露した。児童たちが開拓期などにタイムスリップし,そこで出会った関寛斎に「自立」と「共存」を学ぶユニークなストーリーだ。  山口教諭は「自分たちが住む場所の歴史を知ること。そして関寛斎の生きざまを表す自立と共存が,現代にも生きるキーワードとなるのでは」とし,昨年の5年担任時から,総合学習の一環で,地域を知る授業に取り組んできた。

 児童は関寛斎資料館(道の駅オーロラタウン93内)で調べた内容をかべ新聞にし,また,しばれフェスティバルでのパネル展示なども行ってきた。今回の6年生学習発表会(16日)は,2年越しの集大成となる。

-略-

 あらすじは,「陸別のことを発表してほしい」という児童への依頼から始まり,ひょんなことから関寛斎の医師時代と開拓時代に案内されるという物語。開墾した土地は協力者に譲り,自立を促しながら差別をなくして共存していく姿が描かれる。現代に戻った児童たちは「あの人たちの活躍で今の生活がある」とし「自分の考えを持つ」ことが自立だと結んでいく。

-略-

(木村仁根)

<関寛斎>
 1830年~1912年。上総国山辺郡中村(現千葉県東金市)に農家の長男として生まれる。33歳で徳島藩医になり,約40年にわたり医学の道に。理想を追い,72歳で陸別町の斗満に入植。無料診療を続け自作農育成に励んだ。82歳没。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月22日6時00分の記事

考:関 寛斎

 関 寛斎(せき かんさい、文政13年2月18日(1830年3月12日)-大正元年(1912年)10月15日)は、幕末から明治時代の蘭方医。

経歴[編集]
 1830年(文政13年)、上総国(現在の千葉県東金市)東中の農家の子として生まれる。養父の儒家関俊輔に薫陶され、長じて佐倉順天堂に入り、佐藤泰然に蘭医学を学び、26歳の時銚子で開業。豪商濱口梧陵の支援で長崎に遊学、オランダ人医師ヨハネス・ポンペ・ファン・メーデルフォールトに最新の医学を学び、銚子を去って徳島藩の典医となる。戊辰役には官軍の奥羽出張病院長として、敵味方の別なく治療に当る。信ずるところあって徳島に帰り、一町医者として庶民の診療、種痘奉仕などに尽力し、「関大明神」と慕われる。
 1902年(明治35年)、72歳にして一念発起し、原野だった北海道陸別町の開拓事業に全財産を投入し、広大な関牧場を拓く。のちにこの土地を開放し、自作農創設を志すが果たせず、1912年(大正元年)82歳にして服毒により自らの命を絶つ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%AF%9B%E6%96%8E

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依田勉三銅像
=撮影2016年5月,帯広市中島公園で撮影

 晩成社を率いて十勝開拓に挑んだ 依田勉三の日記が 新たに3冊 ,静岡県松崎町にある勉三の生家「旧依田邸」で見つかりました。
 開拓期に書いた勉三の日記は全17冊で,これで9冊が確認されたことになります。
 日記の内容解読はこれからですが,今年8月には帯広の専門家に情報提供され,十勝の歴史をひもとく重要な発見があるのではと期待が高まっています。 依田家から調査の了承を得たNPO法人伊豆学研究会は8月,晩成社を研究する帯広百年記念館の大和田努学芸員に情報提供しました。これまでに見つかっていた日記6冊は,帯広百年記念館に所蔵しています。

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依田勉三説明板=撮影2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「依田勉三の日記 新たに3冊 十勝開拓の歴史緻密に」 と伝えています。
 晩成社を率いて十勝開拓に挑んだ依田勉三(1853~1925年)の新たな日記3冊が,静岡県松崎町にある勉三の生家「旧依田邸」で見つかった。開拓期に書いた勉三の日記は全17冊で,これで9冊が確認されたことになる。日記の内容解読はこれからだが,今年8月には帯広の専門家に情報提供され,十勝の歴史をひもとく重要な発見があるのではと期待が高まっている。

 見つかった3冊の日記は5巻(1885年8月~89年11月),10巻(1902年10月~06年10月),14巻(16年7月~19年2月)。2014年に依田家から,NPO法人伊豆学研究会(静岡県伊豆の国市,橋本敬之理事長)に提供された。同会はその後,競売に出された同邸を取得し,保存・活用に取り組んでいる。

 依田家から調査の了承を得た同会は8月,晩成社を研究する帯広百年記念館の大和田努学芸員に情報提供した。これまでに見つかっていた日記6冊は,同館に所蔵している。

 勉三の日記は緻密だ。例えば6巻では,明治20年代の生花苗(大樹)の開拓について記録。静岡からの入植者以外にも,大津(豊頃)から金で雇った労働者が井戸掘りや炊事,草むしりをしたと書かれている。労働者の動きを細かく書きとめ,「さぼっていたから給料を8割にした」などの記述もある。このことから,当時は交通の要衝だった大津が人材供給拠点だったことがうかがえる。

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以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月20日 14時08分の記事http://www.tokachi.co.jp/news/201610/20161020-0024994.php
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参考写真:以前「大和いも」と呼ばれていた「つくねいも」
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E3%81%84%E3%82%82

 10月20日,池田町の JA十勝高島特産 「ツクネイモ」 の収穫 が,高島地区で始まちました。
 道内農協で,ツクネイモをまとめて生産するのはJA十勝高島が唯一で,今年は大雨で品質が心配されましたが,例年通りに仕上がり,11月上旬まで収穫が続きます。

 十勝毎日新聞が, 「ツクネイモ上々の出来 収穫始まる」 と伝えています。
 【池田】JA十勝高島(八木英光組合長)特産の「ツクネイモ」の収穫が,町高島地区で20日に始まった。大雨で品質が心配されたが,例年通りに仕上がった。11月上旬まで収穫が続く。

 道内農協でツクネイモをまとめて生産するのは同JAが唯一。同じヤマノイモのナガイモより粘りが強く,高級食材として和菓子などに使われる。

-略-

 同JAでは8戸が7ヘクタールで栽培,約90トンの収穫を見込む。主に関西や,管内菓子メーカーに出荷する他,米国,台湾,シンガポールに輸出。同JAのインターネットで贈答用としても販売している。(関坂典生)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月20日13時55分の記事
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