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本別町音楽祭,多彩な演奏を披露

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本別町中央公民館=2015年8月撮影

 9月12日,第44回「本別町音楽祭」が,本別町中央公民館で開かれました。
b0171771_01311761.jpg 町内の小学生からお年寄りまで80人がステージに立ち演奏しました。 小学生で構成される「本別ジュニアブラスアンサンブル」の演奏で開幕し,「栄光の架け橋」,「惑星より『木星』」など3曲を披露しました。本別中学校,本別高校の吹奏楽部,本別ブラスアンサンブルも迫力ある演奏を披露しました。
 藤井ピアノ教室,はなふさ音楽教室に通う児童合わせて10人もステージに立ち,仙美里小学校の高瀬悟史校長はギターで「情熱大陸」など2曲を演奏しました。
 会場では,200人が演奏に聴き入っていました。
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仙美里小学校校長高瀬悟史先生(右上)
パート練習する本別高校吹奏楽部員(下)
=いずれも2015年8月撮影


 十勝毎日新聞が, 「多彩な演奏を披露,本別町音楽祭」 と伝えています。


 【本別】第44回「本別町音楽祭」(町文化協会,町教委主催)が12日,町中央公民館で開かれた。町内の小学生からお年寄りまで80人がステージに立ち演奏,約200人が聴き入った。

 小学生で構成される「本別ジュニアブラスアンサンブル」の演奏で開幕。「栄光の架け橋」,「惑星より『木星』」など3曲を披露した。本別中,本別高の各吹奏楽部,本別ブラスアンサンブルも迫力ある演奏で続いた。藤井ピアノ教室,はなふさ音楽教室に通う児童合わせて10人もステージに立った。

 仙美里小学校の高瀬悟史校長はギターで「情熱大陸」など2曲を演奏。卓越した演奏テクニックと迫力ある音楽で聴衆を魅了した。遠藤俊雄さんはハーモニカで「お富さん」などを演奏した。最後は吉田安孝さんがギターの弾き語りで締めくくり,ラストの「上を向いて歩こう」では会場から手拍子が沸き上がり,盛り上がった。(鈴木裕之)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月13日09時18分の記事


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ワイン城=2011年8月撮影

 9月20~22日のシルバーウイーク限定3日間,池田町のワイン城で,ブドウやワインをテーマにした 特別ガイドツアー が行われます。
 ツアーの内容は,主に3つです。
 (1)池田町独自品種のブドウ
 (2)十勝ワインの熟成
 (3)池田町独自品種のブドウで醸造したワイン試飲

 各日とも,午前10時から午後3時まで1時間ごとに1日当たり計6回,各回30分程度実施する予定です。


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ワイン城内=2011年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「ワイン城でシルバーウイーク特別ガイド 池田」 と伝えています。

 【池田】ワイン城で20~22の3日間,シルバーウイーク限定でブドウやワインをテーマにした特別ガイドツアーが行われる。

 ツアーの内容は,(1)池田町独自品種のブドウ(2)十勝ワインの熟成(3)町独自品種のブドウで醸造したワイン試飲。各日とも午前10時から午後3時まで1時間ごとに1日当たり計6回実施(各回30分程度)する。

 この他,19~22日の期間中は,子供やドライバー向けにワイン城特製グレープジュースを無料提供する。

 ガイドツアーも参加は無料。各回先着30人限定。受け付けはワイン城1階インフォメーションセンター。

 問い合わせなどは,町ブドウ・ブドウ酒研究所営業課(015・572・4090)へ。


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月18日06時32分の記事


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参考写真:択捉島
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(地図も)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%9E%E6%8D%89%E5%B3%B6


 8月21~24日の4日間,帯広市出身の上智大学生小杉拓己さんが,北方四島交流訪問事業で 択捉(えとろふ)島を訪れ交流 しました。
 首都圏の大学間サークル「日本ロシア交流協会」で活動する小杉さんは「元島民家族や現地住民など多くの人と交流し,ホームステイしながら,紗那(しゃな,ロシア名クリリスク)近郊を視察しました。
 小杉さんは帯広緑丘小,帯広第五中,帯広柏葉高を卒業し,今年4月に上智大総合グローバル学部に入学しました。かねて日本の安全保障問題や領土問題に関心があり,ロシアの学生とのホームステイを中心とした国際交流を進めている交流協会に入りました。


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北方領土地図(D.択捉島/5.紗那村)

 十勝毎日新聞が, 「帯広出身の学生,小杉拓己さんが択捉島訪問」 と伝えています。

 帯広市出身の大学生,小杉拓己さん(18)=埼玉県在住=が,北方四島交流訪問事業(8月21~24日)で択捉島を訪れた。首都圏の大学間サークル「日本ロシア交流協会」で活動する小杉さんは「元島民家族や現地住民など多くの人と出会い,さまざまな話を聞けた。機会があれば,また行きたい」と話している。

 小杉さんは帯広緑丘小,帯広第五中,帯広柏葉高を卒業し,今年4月に上智大総合グローバル学部に入学。かねて日本の安全保障問題や領土問題に関心があり,ロシアの学生とのホームステイを中心とした国際交流を進めている同サークルに入った。

 5月末の北方四島交流受入事業にも従事し,東京を訪れたロシアの中・高生約40人をもてなした。訪問事業では同サークルから国後島5人,択捉島3人が選ばれ,小杉さんは択捉島を訪れた団員20人の最年少メンバーとして参加した。

 ホームステイしながら紗那(しゃな,ロシア名クリリスク)近郊を視察,「手つかずの土地も多い風景は北海道に似ていたが,ロシア政府によるクリル諸島社会経済発展計画の下,着々とロシア化が進んでいる印象」と振り返る。住民交流会などにも参加したが,「子供たちにも愛国教育が徹底し,領土観は日本人と全く違う」と話す。

 滞在中は,択捉島を初訪問したロシアのメドベージェフ首相が乗る大規模な車列に遭遇。本土と択捉島の間にある国後島の沖では,ロシア側に拿捕(だほ)された広尾漁協所属の第十邦晃丸を目にし,領土問題の厳しい現実を肌で感した。

   -略-


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月15日07時00分の記事


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カノーナ・ジャパン=2014年8月撮影

 9月13日,木製品の製造・販売,住宅施工などを手掛ける「カノーナ・ジャパン」主催の 木育・食育・触(しょく)育-ふれあい体感 DAY in 本別 が,ショールームで開かれ,子供や主婦ら約60人がイベントをに取り組みました。
 10月1日のショールームのリニューアル記念イベントで,「木育」では子供を対象に「木工&豆アート教室-小さな木の家づくり」を実施しました。
 小学生ら約20人が道産カラマツ材のパーツで家を組み立て,17種類の色とりどりの本別産の豆を使って自由に飾り付けました。


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カノーナ・ジャパン木工製品=2014年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「子供らが木の家づくり楽しむ 本別・カノーナジャパン」 と伝えています。


 【本別】木製品の製造・販売,住宅施工などを手掛ける「カノーナ・ジャパン」(町南3,中野翔太社長)主催の「木育・食育・触(しょく)育-ふれあい体感DAYin本別」が13日,同社ショールームで開かれ,子供や主婦ら約60人がイベントを楽しんだ。


 10月1日のショールームのリニューアル記念イベント。「木育」では子供を対象に「木工&豆アート教室-小さな木の家づくり」を実施。小学生ら約20人が道産カラマツ材のパーツで家を組み立て,17種類の色とりどりの本別産の豆を使って自由に飾り付けた。


-中略-

 「食育」では本別生活学校の林敏子さん(84)が「いろいろお豆と季節野菜のピラフ」「彩り野菜の豆乳クリームパスタ」など4品の豆料理を実演。約20人の主婦らがレシピを見ながら料理法を学んだ。「触育」の指ヨガコーナーも人気を集めた。


 リニューアルに合わせてカフェも本格的に営業開始。本別産の甘納豆やきな粉,どん菓子,アイスクリームなどを使った「豆パフェ」(500円,黒豆茶付き)も登場する。中野社長は「リニューアルを機会に,家具や玩具,カーポートなど自社製品をアピールしていきたい。気軽に来場を」と話した。


 同社は町の誘致により2013年11月に進出。これまで,町内のバス停留所や学校給食センター,道の駅ステラ★ほんべつなどに町内産カラマツ材の製品を収めている。(鈴木裕之)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月14日21時30分の記事
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ひまわり牧場=2011年8月撮影

 9月10日,本別の夏のイベント「ひまわり3000坪迷路」を主催する本別ひまわり愛好会の背戸田利光代表と山下広一事務局長が,町長室を訪れ,高橋正夫町長に 収益金の一部を寄付 しました。
 10回目を迎えた今年は8月9~16日の8日間,町美里別東中のひまわり牧場で開催され,期間中の来場者数は延べ3万400人に上り,過去最多だった昨年の実績(2万5750人)を大幅に上回りました。
 今年は,初めて迷路の入場を大人200円,子供100円の有料で実施しました。

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本別ひまわり愛好会・背戸田利光代表
=2014年8月撮影


 十勝毎日新聞が, 「ひまわり迷路の収益金寄付 本別・愛好会」 と伝えています。

 【本別】本別の夏のイベント「ひまわり3000坪迷路」を主催する本別ひまわり愛好会の背戸田利光代表と山下広一事務局長が10日,町長室を訪れ,高橋正夫町長に収益金の一部5万円を寄付した。

 10回目を迎えた今年は8月9~16日の8日間,町美里別東中のひまわり牧場で開催。期間中の来場者数は延べ3万400人に上り,過去最多だった昨年の実績(2万5750人)を大幅に上回った。今年初めて迷路の入場を有料(大人200円,子供100円)にした。

 背戸田代表は「今年のひまわりは一斉にきれいに咲き誇り,町や町民の皆さんの協力のおかげで成功できた」と感謝の言葉を述べた。寄付金は町産業振興基金に充てられる。(鈴木裕之)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月12日06時49分の記事


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写真:チョマトーの沼(帯広市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%BC

 9月6日,かつて周囲にアイヌ民族の大きな集落があり,古戦場だったともされる十勝アイヌゆかりの 「チョマトー」の慰霊祭 が,帯広市内のチョマトー公園で行われました。

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チョマトー公園(帯広市)=2012年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「伝統儀式で祈りささげる チョマトー慰霊祭」 と伝えています。

 かつて周囲にアイヌ民族の大きな集落があり,古戦場だったともされる十勝アイヌゆかりの地「チョマトー」の慰霊祭(実行委員会主催)が6日,帯広市内のチョマトー公園(西16北1)で行われた。

 帯広アイヌ協会(笹村二朗会長)の会員ら約50人が参列。アイヌ伝統の儀式を執り行い,先祖への感謝や祈りをささげた。

 儀式に先立ち,笹村会長が「アイヌの伝統や文化,儀式を忘れられることのないよう伝えて行きたい」とあいさつ。来賓の米沢則寿市長が祝辞を述べた。

 同協会の荒田裕樹副会長を祭司に,伝統儀式「カムイノミ」を行い,神格である「カムイ」への祈りをささげた。その後,帯広カムイトウウポポ保存会(酒井奈々子会長)が伝統の踊りや歌を披露した。(大谷健人)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月07日10時48分の記事


参考:チョマトー

 チョマトーは,北海道帯広市西15条北2丁目[1](十勝国河西郡)にある沼である。アイヌ民族の聖地とされる。チョマト沼・チョチョマ沼とも。語源はアイヌ語の「チ・ホマ(害を受けるの意)」と沼を意味する「トウ」から構成される(したがって,”チョマト沼”は沼が重複している)。

アイヌ古戦場伝説[編集]
 1800年頃(あるいはそれ以前)に北見アイヌ(一説には日高アイヌ。以下同じ)が宝物や美女を獲得すべく十勝アイヌのコタンを攻撃した。当初は劣勢に立たされていた十勝アイヌが神に祈りを捧げると状況は変わり,北見アイヌはチョマトに退避する。北見アイヌはそこで水鳥を捕獲して空腹を満たしていると,十勝アイヌに包囲されており,逃げ場を失った北見アイヌは沼に飛び込んだ。沼が赤く見えるのはその時の戦士達の血が多く流れたからだという。そのため『血で染まった沼チョマトー』とも云われ,漢字では「血妖魔沼」と表記し,「血妖魔沼戦没者慰霊碑」が建っている。

 十勝地方に古くから伝わる伝説の中でも登場する史蹟が現存するのは数少なく,伝説の信憑性に疑義が唱えられてはいるが歴史的価値は高いと評価されている。

 伝説の信憑性が疑われる理由の1つに,アイヌ民族の長老達は沼のことを「トウカムイ(神のいる沼)」と呼んでいるため,神聖な沼に戦士達が飛び込むとは考えにくいという。同地では古くからアイヌ民族による慰霊祭が行われていたが,一時期中断し1973年に42年ぶりに実施された。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%BC


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参考写真:和歌山大学観光学部本館
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E5%AD%A6#/media/File:Wadai_ss.jpg


 高規格幹線道路帯広・広尾道の更別IC-忠類大樹IC間の開通後の忠類地域の変化など を探ろうと,和歌山大学観光学部の学生らが来町し,9月5日に 本格的な調査 を始めました。
 9月9日まで滞在し,観光施設の視察や聞き取り,地域のさまざまな層の人たちとの懇談などを通じて観光を柱とした地域振興策を探る計画です。
 和歌山大は昨年度に博士課程を設け,学部から一貫して観光学を学べる唯一の国立大として知られます。

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帯広-広尾自動車道更別IC=2014年7月撮影

 十勝毎日新聞が, 「和歌山大生が観光調査 IC開通後の忠類の変化探る」 と伝えています。

 【幕別】高規格幹線道路帯広・広尾道の更別インターチェンジ(IC)-忠類大樹IC間の開通後の忠類地域の変化などを探ろうと,和歌山大学観光学部の学生らが来町し,5日に本格的な調査を始めた。9日まで滞在し,観光施設の視察や聞き取り,地域のさまざまな層の人たちとの懇談などを通じて観光を柱とした地域振興策を探る。

 同大は昨年度に博士課程を設け,学部から一貫して観光学を学べる唯一の国立大として知られる。町との関わりは,同大観光学部の出口竜也教授(観光経営学)の道内で開かれた講義を町職員が聴講したのが縁。相互連携を確認し,昨年度初めて出口教授らが来町して調査を行い,「情報共有と施設間の連携が重要」などと提言した。

 今回は,開通後の地域への影響や住民意識の変化などを調査するのが目的。出口教授,竹林浩志准教授(同)とゼミ生の3,4年生9人が4日夜に忠類入りし,5日午前10時から道の駅忠類,JA忠類直売所ベジタ,丸山展望台,道の駅さらべつなどを回った。

-略-

 一行は忠類地域の農家で民泊した後,農業者や町商工会,公区(町内会)などの地域団体,農商工青年などとそれぞれ意見交換を行う。今調査のまとめは今後,ネット中継による報告会として発表する予定。


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース/2015年9月6日 14時19分の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201509/20150906-0021768.php


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音更町図書館=2012年月6撮影

 9月5日,音更町図書館は,「草森紳一蔵書整理プロジェクト記念講座 草森紳一~文章作法をめぐって~」を開きました。
 帯広大谷短期大学の田中厚一学長が,音更町出身の著述家草森紳一氏(1938~2008年)について講演しました。
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帯広大谷短期大学=2015年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「田中厚一学長が講演 草森紳一蔵書整理講座,音更」 と伝えています。

 【音更】町図書館は5日,「草森紳一蔵書整理プロジェクト記念講座 草森紳一~文章作法をめぐって~」を開いた。帯広大谷短大の田中厚一学長が町出身の著述家草森紳一氏(1938~2008年)について語った。

 初めに田中学長は,草森氏が残した3万2000冊の蔵書を「お宝」とした上で,音更町が受け入れ,2010年11月に同短大に草森紳一記念資料室を開設された経緯を説明。「読書の楽しさ,読むことの意味を考えてもらうためにも,特に若い世代にこの『お宝』をどう公開していくかが今後の課題」とした。

 また草森氏の文書作法について「『読んで』『書いて』の作業を繰り返していたように思う。その結果,文が長くなったのではないか」と話した。

 草森氏と蔵書の関わりについては「本は自分の思考を引き出すための『ツール』だったのではないか」と説明し,来場した40人は「博覧強記」「知の巨人」と称される草森氏に思いを寄せながら聞き入った。

   -略-
(長瀬聡美通信員)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月07日18時30分の記事


参考:草森 紳一

 草森 紳一(くさもり しんいち,1938年2月23日 - 2008年3月20日)は,日本の評論家

来歴[編集]
 北海道河東郡音更村(現・音更町)生まれ。北海道帯広柏葉高等学校を経て,1浪後慶應義塾大学文学部に入学して中国文学科に進む。大学時代は奥野信太郎や村松暎に師事。また慶應義塾大学推理小説同好会に参加,このときの先輩に紀田順一郎や田波靖男がいる。映画監督を志望し,1960年に東映の入社試験を受けたが面接で失敗。1961年,大学卒業後は婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社し,『男の服飾』を『MEN'S CLUB』に改名する発案をする[1]。編集室にあった『ELLE』『Mademoiselle』『PLAYBOY』『COSMOPOLITAN』『GQ』等に刺激を受ける[1]。『婦人画報』編集部に移り伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』などを担当。真鍋博の推薦で『美術手帖』にマンガ評論を書き始める[1]。1964年に退社し,慶應義塾大学斯道文庫勤務や慶應義塾大学文学部非常勤講師などを経て評論家となる。1973年『江戸のデザイン』で毎日出版文化賞受賞。マンガ,広告,写真など当時,文化の周縁とみなされていたジャンルを論じる著作が多い。


 莫大な数の蔵書を保有していたことで知られる。30歳前後から,いわゆる「資料もの」といわれる仕事をするようになって,本がねずみ算式に増殖したとは本人の弁。「ひとたび『歴史』という虚構の大海に棹を入れると,収入の七割がたは,本代に消える。異常に過ぎる。いっこうに古本屋の借金は,減らない」と,自著『随筆:本が崩れる』に記している。

 当面仕事で使う可能性の少ない三万冊は生前,北海道の実家に建てた高さ九メートルの白い書庫「任梟盧」(にんきょうろ,李賀の詩による[2])に移した[3]。終の棲家となった東京都江東区門前仲町のマンションの蔵書は,月に少なくとも百五十冊は買うから一年で二千冊,この部屋に越して二十年経つのでたぶん四万冊は下らないというのが草森の計算(実際は約三万二千冊)。部屋をさがすにあたっての必要条件は,壁面確保のため,窓が少ないことだった。「本の隙間にボクは住まわせてもらっているんだ」と語っていたという[4]。心不全により満70歳で死去後,その蔵書は音更町の帯広大谷短期大学に寄贈され,そのうち約二千冊を展示する「草森紳一記念資料室」が同短大にオープンした。展示される以外の蔵書は,音更町の廃校となった小学校に保管され,ボランティアによって整理が進められている[2]。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8


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民営国民宿舎「山の宿 野中温泉」別館=2011年8月撮影
 

 道が9月11日に発表した道内の長寿者概要で, 3年連続で男性最高齢 となった満110歳で足寄町町 茂足寄に住む野中正造さん は,孫娘の祐子さんが代表を務める町内の民営国民宿舎「山の宿 野中温泉」別館で元気に暮らしています。
 野中さんは1905(明治38)年7月25日,野中温泉の創業者益次郎さんとキヨさんの長男として町上利別で生まれ,畑作や温泉経営に携わってきました。


 十勝毎日新聞が, 「道内最高齢110歳 足寄の野中さん『湯で長寿」 と伝えています。


 【足寄】道が11日に発表した道内の長寿者概要で,3年連続で男性最高齢となった満110歳の野中正造(まさぞう)さん=町茂足寄159=は,孫娘の祐子さん(49)が代表を務める町内の民営国民宿舎「山の宿 野中温泉」別館で元気に暮らしている。

 野中さんは1905(明治38)年7月25日,野中温泉の創業者益次郎さんとキヨさんの長男として町上利別で生まれ,畑作や温泉経営に携わった。子供は2男3女,孫は8人,ひ孫は3人。野中さんのきょうだい5人は既に亡くなっている。

 現在は足が不自由で車いすの生活だが,耳が遠い他は健康そのもの。食欲も旺盛で,まんじゅうやどら焼きなど甘い物が好物。高齢のため寝たり起きたりではあるが,部屋のテレビでプロ野球やメジャーリーグ,歌謡ショーなどを見て楽しんでいる。

 祐子さんによると,性格は頑固そのものだが,「自己主張が強いのが長生きの秘訣(ひけつ)かも。年に1回,報道の方から取材を受けるのも刺激になっているのでは」と笑う。週1回は温泉に入るという。

 「波風立たずに静かに暮らしてほしい」-。家族や温泉の従業員は,長寿の歴史を刻む野中さんを温かく見守っている。


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース/2015年9月11日 14時00分の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201509/20150911-0021801.php


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北海道立農業大学校=2010年7月撮影


 9月4日、帯広調理師専門学校の学生39人が、本別町内の道立農業大学校を訪れ、 農大生と交流 しました。農大からは、畑作園芸経営学科の2年生28人が参加しました。
 食材を生産する側と活用する側が互いの立場や思いを理解しようと、毎年行われていて、野菜の収穫などを通して、生産現場への理解を深めました。

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帯広調理師専門学校=2012年7月撮影


 十勝毎日新聞が, 「調理師の『卵』が生産現場学ぶ 農大生と交流」 と伝えています。


 【本別】帯広調理師専門学校(遠藤珠子校長)の学生39人が4日、町内の道立農業大学校(中島隆宏校長)を訪れ、農大生と交流した。野菜の収穫などを通して、生産現場への理解を深めた。


 食材を生産する側と活用する側が互いの立場や思いを理解しようと、毎年行われている。農大からは畑作園芸経営学科の2年生28人が参加した。

 専門学校生は農大生のアドバイスを受けながら、ほ場やハウスでジャガイモ、ニンジン、ナス、サヤエンドウなどを収穫。ニンジンやサヤエンドウの選別、ミニトマトのパック詰めなども体験し、トラクターやコンバインも試乗した。


-略-

 野菜の出荷価格や農薬などに関する情報交換も行われた。遠藤校長は「交流を通じ、生産者の思いを知ってもらいたい」と話していた。(鈴木裕之)


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2015年09月04日22時00分の記事


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