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 10月29日(土)・30日(日)、長野市のエムウエーブでスピードスケートの第18回全日本距離別選手権(ワールドカップ派遣選手選考競技会)が行われました。
  第1日の男子500メートルは、池田高校出身の出長島圭一郎選手  (日本電産サンキョー)が1回目1位、2回目2位の69秒95で加藤条治選手(日本電産サンキョー)を抑え、2連覇を達成し、好調に滑り出しました。
 なお、3位には及川佑選手(大和ハウス工業−山梨学院大、池田高出)が入りました。

 また、30日に行われた男子1000メートルでも、長島選手が1分10秒71で制し、2年連続で500メートルとの短距離2冠を果たしました。

 女500メートルは、2回目に38秒28をマークした小平奈緒選手(相沢病院)が合計1分16秒83の大会新記録で3連覇。1回目38秒53でトップだった辻麻希選手(十六銀行)が0秒13差で2位に入りました。

 小平選手は、1500メートルでも1分58秒91の国内最高記録で2年ぶり3度目の優勝。17歳の高木美帆選手(帯広南商高)が1分59秒88で2位に入りました。

 十勝毎日新聞が、 「全日本距離別 長島圭一郎が連覇」 と伝えています。
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【長野・十勝】 スピードスケートの第18回全日本距離別選手権(日本スケート連盟主催)最終日は30日、長野市のエムウエーブで男女5種目を行った。午前の女子1000メートルは、辻麻希(十六銀行−白樺学園高出)が1分17秒62で2位、高木美帆(帯南商高2年)が1分18秒30で3位となった。小平奈緒(相澤病院)は自らの国内最高記録を2年ぶりに更新する1分16秒47で優勝し、2年ぶりの3冠を達成した。男子3000メートルは小川拓朗(白樺学園高1年)が3位に食い込んだ。第1日の男子500メートルは、長島圭一郎(日本電産サンキョー−日大、池田高出)が1回目1位、2回目2位の69秒95で加藤条治(日本電産サンキョー)を抑え、2連覇を達成。3位には及川佑(大和ハウス工業−山梨学院大、池田高出)、4位には羽賀亮平(日本電産サンキョー−日大、白樺学園高出)と上位は五輪日本代表勢が占めた。女子1500メートルは高木美帆(帯南商高2年)が2分を切る好タイムで2位となった。優勝の小平は1分58秒91の国内最高記録を樹立。男子1500メートルは今野陽太(開西病院)が、この大会で初の表彰台に立つ健闘を見せた。優勝は小田卓朗(早大)。
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以上引用:十勝毎日新聞社ニュース2011年10月30日の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201110/20111030-0010839.php
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写真:スピードスケート第18回全日本距離別選手権のチラシ
http://skatingjapan.or.jp/image_data/fck/file/2011_Speed/18th_all_japan_sd.pdf
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 10月29日(土)、 道東道の夕張IC-占冠IC間が開通 しました。b0171771_1485730.jpg
 開通区間の距離は34.5kmですが、この結果、道東自動車道(道東道)と道央自動車道が直接つながり、物流だけでなく観光等への効果が期待されます。

 本別から札幌南までの、普通車の片道料金は、5350円。
 
 なお、道東道の千歳恵庭ジャンクションから東にガソリンスタンドは設置されていないことから、十勝-札幌間は200km以上給油できない状態です。途中で降りて給油するか、道央道のPAまで無給油で走行しなくてはなりません。

写真:道東道開通を記念キャンペーンポスター
http://www.e-nexco.co.jp/open_schedule/hokkaido/0729/

 十勝毎日新聞が、 「道東道・夕張−占冠間の34.5キロが開通」 と伝えています。
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【夕張】 道東自動車道(道東道)の夕張インターチェンジ(IC)−占冠IC間の34.5キロが29日午後3時、開通した。十勝清水−池田間の「飛び地開通」から16年、日高山脈を越えて道央圏と一本の線でつながった。札幌−帯広間は、道東道と一般道を併用したこれまでより30分短い片道約3時間で行き来できるようになった。ドライバーの利便性や冬期間の移動の安全性が大幅に向上、観光振興や交流人口の増加などさまざまな効果が期待される。同日午前11時、夕張IC本線上で約300人が出席し、通り初め式が開かれた。

清水−池田間開通から16年 帯広−札幌3時間に
 道東道は1973年に清水−釧路間(229キロ)の基本計画が決定し、86年に着工。95年に清水−池田間が開通、千歳側からも整備が進められた。2007年に清水−トマム間が開通、09年には占冠まで延伸し、夕張−占冠間を残すのみとなっていた。

 夕張−占冠間の本線工事は04年度に着工。全体事業費は1376億円。一部を除き暫定2車線で、道内高速道路では最長となる「穂別トンネル」(4318メートル)など8本のトンネルや橋梁(きょうりょう)が連なる。走行時の安全に配慮し、水噴霧装置や避難トンネルなどが配備されている。

 普通車の通常料金(片道)は、音更帯広−札幌南が4250円、本別・足寄−札幌南は5350円。開通に合わせ、夕張・むかわ穂別・占冠・トマムの4ICを対象に、事前登録の上、途中降車しても通しの料金と同じに扱う全国初のサービスも期間限定で始まった。

 通り初め式は実行委(委員長・鈴木直道夕張市長)の主催。津島恭一国土交通大臣政務官、ネクスコ東日本の佐藤龍雄社長、高橋はるみ道知事、鈴木夕張市長ら13人によるテープカットが行われ、自動車に乗ってパレードした。午後0時半から、夕張市内の北海道物産センター夕張店で「開通を祝う会」も催された。佐藤社長は「清水−池田間の開通から16年、ようやく直結した。物流など経済活動はもちろん、地域活性化に寄与することを期待したい」と話していた。

 帯広市の米沢則寿市長は「長年の悲願である開通に立ち会えたことはうれしく、皆で喜び合いたい。数字以上に心理的に十勝と道央は近くなる。人、物の交流が増えることを期待したい」と述べていた。(犬飼裕一)
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以上引用:十勝毎日新聞社ニュース2011年10月29日の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201110/20111026-0010799.php

地図 緑☆印:占冠IC 青☆印:夕張IC 赤☆印:千歳恵庭JCT

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 このほど、本別特産品の 「キレイマメ」に、ラーメンとチャーハン、すし の新しいメニューが加わりました。

 秀華は、「道の駅ステラ★ほんべつ」のオープンに合わせ、南1丁目から施設内に移転しました。札幌後楽園ホテルの中華料理で10年、修業を積んだ店長の柏崎さんは“本格中華一筋”の料理人。
 以前からも、キレイマメの味噌を使った「黒マメ味噌ラーメン」(820円)と「黒マメ味噌つけ麺」(同)、納豆を使った「黒マメ納豆チャーハン」(同)のメニューがありました。これからも新たにメニューを加えていく構想を練っています。

 一方、源すしでは、黒豆納豆軍艦巻きが新登場。1カン100円で黒豆の納豆巻きに、青じそと金箔を載せました。

参考:北海道体験com."本別町"の美味い店「浮舟」に「源寿司」!
黒豆納豆の軍艦巻きを画像で見ることができます。
http://blog.h-takarajima.com/blog/2010/09/post_942.html

参考:キレイマメ商品
http://www.town.honbetsu.hokkaido.jp/kireimame/kireimame1.html(下記ロゴも)

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写真:キレイマメの商品ロゴ
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 仙美里農村公園の 開拓記念保護樹木ハルニレ が、9月の台風で枝が折れました。b0171771_002758.jpg
 樹齢400年以上のハルニレは、以前から老齢化が心配され、修復が行われてきましたが、このほど樹木医の診断に基づき、危険防止のため 剪定を行うことを検討 しています。
 幹の周りは約5m、樹高約25mで、明治30年に農場が開かれた際に、このハルニレとイタヤカエデ5、6本が開拓記念として残されましたが、イタヤカエデは枯れ、このニレだけが残りました。

 私(ブログ作成者)の故郷・仙美里に残るハルニレは、母校・仙美里中学校の近くにすっくと立っていました。
 村の祭りでは、八幡神社で相撲大会があり、ハルニレがみんなを見守っていてくれるようでした。
 現在は、公園内に仙美里保育園パークゴルフ場・仙美里天の川コースができ、ハルニレの影響が心配されていました。
 いつもでも、残っていてほしいと願っています。
 なお、地元でハルニレは、 「アカダモ」 の名でも親しまれています。

写真:枝が折れる前のハルニレ2011年8月撮影

地図緑☆印:ハルニレのある仙美里農村公園

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 10月21日(金)、里帰りで旧友との再会を楽しむ 東京ふるさと新得会の「第13回秋のふるさと気まま旅」 の一行33人が、新得町を訪れました。
 新得町公民館ふれあいホールでは、交流会が開かれました。


 十勝毎日新聞が、 「東京ふるさと新得会の一行が来町」 と伝えています。
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【新得】 東京ふるさと新得会(渡部昭信会長)の「第13回秋のふるさと気まま旅」の一行が21日同町を訪れ、町公民館ふれあいホールで開かれた交流会で旧友との再会を喜ぶなど古里でのひとときを満喫していた。

 同会は新得町にゆかりのある関東在住者で構成し、年に1回、古里を訪れる「気まま旅」を行っている。今年は33人が参加し、20~23日の日程で道内観光を行った。

 交流会には、町民も合わせて約110人が参加。山本均教育長、菊地康雄町議会議長の歓迎の言葉を述べ、東京ふるさと新得会の箕浦冨雄顧問があいさつした。

 懇親の場では屈足手打ちそばの会が新そばを振る舞った他、町女性団体連絡協議会の新得音頭や、町観光協会の「しんとくレンジャー」によるクイズ大会も行われ、会場は大いに盛り上がった。

 東京都から参加した伊藤佐佳子さん(78、旧姓八木)は「そばの味など古里はとても懐かしい。東京にいてもいつも新得のことが気になります」と話していた。(大谷健人)
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以上引用:十勝毎日新聞・新得めーる2011年10月23日の記事
http://www.tokachimail.com/shinntoku/
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 北海道埋蔵文化財センターが、 更別村の香川遺跡で発掘調査 を行っています。
 これまでに、旧石器時代から縄文時代とみられる黒曜石の矢じりなど石器約200点が発見されています。
 現場では、高規格道路帯広広尾自動車道の建設工事が進められています。

 十勝毎日新聞が、 「更別・高規格道路建設現場の香川遺跡に多数の石器」 と伝えています。
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【更別】 高規格道路帯広広尾自動車道(約80キロ)の建設工事が進む上更別南9線の香川地区で、道埋蔵文化財センター(江別)が遺跡の発掘調査を行っている。これまでに、旧石器時代から縄文時代とみられる黒曜石の矢じりなど石器約200点が発見された。同センターは「定住跡は見つかっておらず、石器は他の場所でも発掘されているもの。工事には支障のないレベル」(中山昭大主査)としている。

 「香川遺跡」は国などが行う大規模開発に伴う道の文化財保護の手続きにより、道教委と村教委が2009年、建設予定地を歩いて調べるA調査を実施。10年11月のB調査で試掘した結果、縄文時代の矢じりが発掘されたため、本格的な調査となるC調査を9月13日~10月28日の日程で行っている。

 今回発掘された石器は、1万2000年前の旧石器時代のものが中心。木製の棒の先端側面に付け、狩猟用のやりの刃にした黒曜石製の「細石刃(さいせきじん)」(幅5ミリ、長さ1センチ程度)や、細石刃を作るために使った黒曜石の塊「細石核」が主で、縄文時代とみられる長さ5センチ、幅3センチほどのスクレイパー(獣の皮から肉をそぐ石器)も見つかっている。

 「頁岩(けつがん)製の石器など、道南方面との交流を示すものも発掘されている」(中山主査)という。同センターは今後、発掘された石器に関する調査報告書を年度内に作製し、石器を村に返却する。(宮木宗久)
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以上引用:十勝毎日新聞社ニュース2011年10月21日の記事
http://www.tokachimail.com/sarabetsu/
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 10月22日(土)、帯広市図書館西側の庭園内にある 依田勉三に縁の保存樹木が「治療」 を受けました。枝や幹で腐食が深刻な状態になっており、木を傷めないよう細心の注意を払いながら、幹や枝の腐れを取り除く「外科手術」で延命を図る計画です。

 十勝毎日新聞が、 「依田勉三宅に植栽のマユミの老木を治療」 と伝えています。
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 帯広開拓の祖・依田勉三(1853〜1925年)に縁がある帯広市の保存樹木で、市図書館西側の庭園内にあるマユミの老木が22日、北海道造園緑化建設業協会十勝支部(杉田吉弘支部長)の庭師らの手によって「治療」を受けた。枝や幹で腐食が深刻な状態になっており「外科手術」で延命を図る。

 このマユミは、市の保存樹木10本のうちの1本で、樹齢は推定85年。1927年ごろ、勉三の旧自宅(帯広市西2南10)に植栽されたと伝えられている。68年の旧図書館の開館に合わせて市民から寄贈され、新図書館がオープンした2006年、現在地に移植された。

 今夏、同支部による診察で、幹や枝の深刻な腐れが見つかった。主要な枝が大きく外側に張り出した複雑な樹形をしている上、枝と幹の内部の大部分がスポンジ状になっているところもあった。

 同支部では、「由緒ある木を後世のために守ろう」(杉田支部長)と社会貢献活動の一環で治療を買って出た。小雨が降る中、庭師らは幹や枝の腐食した部分をのみや剪定(せんてい)ばさみなどで削り落とし、殺菌剤や人工樹皮を塗った。枝の一部は、健康な部分が樹皮から5センチほどしかなく、木を傷めないよう細心の注意を払い作業を進めた。

 同支部では後日、根が水分を吸い上げやすくするための土壌改良や、越冬のための雪づりなども施術する予定。杉田支部長は「老木が良い状態で生き続け、いつまでも市民に愛されてほしい」と目を細めていた。
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以上引用:十勝毎日新聞社ニュース2011年10月24日の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201110/20111024-0010770.php

参考:依田勉三
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%9D%E7%94%B0%E5%8B%89%E4%B8%89
 依田 勉三(よだ べんぞう、嘉永6年5月15日(1853年6月21日) - 大正14年(1925年)12月12日)は日本の北海道開拓者。北海道開墾を目的として結成された「晩成社」を率い帯広市を開拓した。開墾に関わる業績から緑綬褒章を受章している。北海道神宮開拓神社の祭神。

帯広の開拓 [編集]
明治16年(1883年)帯広に入った一行をまず鹿猟の野火が襲い、次にイナゴの大群が襲った。食糧としてアワを蒔き付けするも天候の不順やウサギ・ネズミ・鳥の被害に遭い殆ど収穫できなかった。

明治17年(1884年)もまた、天候が優れず開墾は遅々として進まず、開拓団の間に絶望が広まっていた。勉三は米一年分を大津(現在の豊頃町)に貯蔵したが帯広への輸送が困難な状況であった。食糧不足を打開するため、当縁郡当縁村生花苗(おいかまない、現在の広尾郡大樹町)に主畜農業を経営する。

明治18年(1885年)には農馬を導入し羊・豚を飼育しハム製造を目指した。馬鈴薯澱粉を研究し、農耕の機械化を試みるが何れも上手く行かず、当初の移民は3戸にまで減少した。

明治25年(1892年)頃には状況が漸く好転し食糧は足り、小豆・大豆の収穫も目処がつくようになった。

当初晩成社の設立に当たっては15年で1万町歩の土地を開墾しようとの目標を掲げていたが、目標には遠く及ばず30町歩を開墾するのに10年を要す有様であった。

明治25年(1892年)11月の佐二平・勉三兄弟の叙勲から奮起し晩成社の事業を拡大した。会社組織を合資会社とし社名を晩成合資会社と改める。函館に牛肉店を開業し当別村に畜産会社を作る。帯広には木工場を作り然別村(現在の音更町)に牧場を開いた。

明治30年(1897年)に社有地の一部を宅地として開放すると多くの移民が殺到した。

明治35年(1902年)にはバター工場を創業。他にも缶詰工場・練乳工場等もあった。勉三と晩成社が手掛けた事業は何れも現在の十勝・帯広に根付く産業となったが当時晩成社の経営は上手く行かなかった。

大正5年(1916年)に売買(うりかり、今の帯広市南東部)等の農場を売却する事によって晩成社の活動は事実上休止する。

大正14年(1925年)には勉三が中風症に倒れ、9月には勉三の看病をしていた妻が亡くなり、12月12日勉三は帯広町西2条9丁目の自宅で息を引き取った。享年73。勉三の死後昭和7年(1932年)に晩成合資会社は解散し、翌年の昭和8年(1933年)帯広は北海道で7番目に市制を施行した。勉三は、その死の間際「晩成社には何も残らん。しかし、十勝野には…」と述懐したという。

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写真:アイヌの民族衣装を着た依田勉三
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Benzo_Yoda_wearing_Ainu_Dress.JPG
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 10月に入って、十勝管内の製糖工場で、 ビートの製糖作業が開始 されました。
 現在、十勝管内には、ビートの製糖工場が 本別町、芽室町、清水町 の3カ所あります。
 本別町の北海道糖業本別製糖所では、15日に受け入れ、16日に製糖作業を開始しました。
 芽室町の日本甜菜製糖芽室製糖所でも、15日から受け入れ、16日に作業を始めました。
 清水町のホクレン製糖工場は、17日から受け入れと製糖を開始しました。

 さて、寒い時期、製糖工場の煙突から立ち上る熱蒸気は「十勝の風物詩」になっています。実は製糖工程で発生するものではありません。糖分抽出後の搾りかすを、家畜のえさ(ビートパルプ)にする工程で発生する蒸気とのことです。

 十勝毎日新聞が、 「十勝管内の製糖工場でビートの受け入れがスタート」 と伝えています。
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【芽室】 十勝管内の製糖工場で16日、ビートの製糖作業が始まった。大型トラックに積み込まれたビートが農地から次々と工場に到着し、ベルトコンベヤーで工場内に送られている。

 日本甜菜製糖芽室製糖所(芽室)では15日から受け入れ、16日午前7時に製糖作業を始めた。昨年より1日早い。今年は近年最低レベルだった昨年より約20万トン多い、3年ぶりの100万トン強の総収量(1ヘクタール当たり70トン強)を見込んでいる。砂糖生産高は16万~17万トン(昨年12万4772トン)と想定している。

 日甜芽室製糖所の堀勇常務取締役所長(十勝総括)は「今年はビートの糖分が低い傾向にあるとされ、16・1%を見込んでいる。収量は昨年より良いので今年は期待したい」と話している。

 道農政部によると、十勝のビート作付面積は2万5989ヘクタール、1ヘクタール当たりの収量は64トンで平年(60トン強)を上回り、総収量は166万7000トンで全道(356万9000トン)の46・7%を占める見込み。収穫は11月中旬ごろまでで、製糖は来春まで続く。

 北海道糖業本別製糖所(本別)は15日受け入れ、16日作業開始、ホクレン清水製糖工場は17日から受け入れと製糖を開始する予定。(中津川甫)
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以上引用:十勝毎日新聞・芽室めーる2011年10月16日の記事
http://www.tokachimail.com/memuro/
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写真:北海道糖業本別製糖所 2011年8月撮影
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 このほど、10月29日の道東自動車道の夕張-占冠間の開通に向けて、ネクスコ東日本 
帯広管理事務所の改修工事が完了 しました。

 十勝毎日新聞が、 「ネクスコ東日本帯広事務所の改修工事が完了」 と伝えています。
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【音更】 道東自動車道の夕張-占冠間の開通(29日)に向けて、ネクスコ東日本帯広管理事務所(音更町西2線、三井康洋所長)の大規模改修工事が完了した。同事務所の管理延長は開通に伴い、現在の129.5キロ(占冠−足寄・本別間)から東日本最大の164キロ(夕張−足寄・本別間)に伸びる。事務所の「心臓部」の防災対策室の設備・機材を充実、建物内に点在していた5グループ会社の事務所の大半を2階に集約して業務の効率化を図った。

 RC造2階(一部3階)建てで、改修後の延べ床面積は従来とほぼ同じの約2250平方メートル。これまでの業務は建設工事が主体だったが、夕張−占冠間の開通後は維持管理業務が中心となり、昨年4月に「工事事務所」から名称を変更している。大規模な改修工事は現在地に整備されてから初めて。

 開通区間には橋などの構造物が多く、穂別トンネル(4318メートル)を含む3本の4000メートル級トンネルがあることから、安全確保や事故・災害対策を重視。リニューアルした2階の対策室には、道路状況やトンネル内の様子を確認できる大小のモニター13台を配置し、室内のパソコンから気温、路面温度、連続雨量、自発光スノーポール操作の判断基準となる視界距離などを確認できる。改築に伴い、会議スペースも設けた。

 西谷幸男施設担当課長は「道路利用者の安全・安心を守れるよう気を引き締めて臨みたい。」と話している。(犬飼裕一)
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以上引用:十勝毎日新聞社ニュース2011年10月19日の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201110/20111019-0010723.php

写真:道東自動車道占冠IC
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地図緑☆印:道東自動車道占冠IC 青☆印:夕張IC

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 10月7日(金)、 「東京と足寄を結ぶふるさと会」 が、東京あしょろ会と足寄町が主催して、千田区で開かれました。

 十勝毎日新聞が、 「千代田区で『東京と足寄を結ぶふるさと会』」 と伝えています。
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 東京あしょろ会(森正司会長)と足寄町主催の「東京と足寄を結ぶふるさと会」が7日、千代田区の飲食店で開かれた。

 約70人が参加。森会長は「今年も北海道産直フェアに参加し、ラワンブキなどが完売した。足寄の観光PRに役立ったと思う」とあいさつ。東日本大震災の被災酪農家支援や道の駅リニューアルなど、町の近況を報告した安久津勝彦町長は「足寄の応援団としてこれからも支援してほしい」と述べた。

 同町出身の石川知裕衆院議員、鈴木宗男元衆院議員の典子夫人があいさつし、町議会の吉田敏男議長の発声で乾杯した。参加者は抽選会などを楽しみながら親交を深めた。
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以上引用:十勝毎日新聞足寄めーる2011年10月11日の記事
http://www.tokachimail.com/ashoro/
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写真:北海道産直フェアの東京あしょろ会 2011年10月1日撮影
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