カテゴリ:陸別町の様子( 128 )

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JA陸別町=2016年5月撮影

 JA陸別町が,陸別サッカー少年団の 公式スポンサー になりました。
 地域貢献事業の第1弾で,1月20日,JA事務所で「JA陸別町」のロゴが入ったユニホームの贈呈式が行われました。
 JAがスポーツ少年団のスポンサーになるのは,十勝で初めてです。
 陸別サッカー少年団は,小学1年生から6年生までが在籍していて,冬季も毎週3回練習し,年間に約50試合を行っています。

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JA陸別町=2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「JA陸別 サッカー少年団公式スポンサーに」 と伝えています。
 【陸別】JA陸別町(西岡悦夫組合長)が,陸別サッカー少年団(佐藤典宏監督,北川拓真主将,23人)の公式スポンサーになった。地域貢献事業の第1弾。20日,同JA事務所で「JA陸別町」のロゴが入ったユニホームの贈呈式が行われた。JAがスポーツ少年団のスポンサーになるのは十勝で初めて。

 JA陸別町はこれまで,レンタカー(バス)の貸し出しや,葬儀会場の利用・提供などを町民向けに行ってきた。さらに「地域とともに生きる」というJAグループの理念を進めようと,今回の事業につなげた。

 昨年11月の同JA理事会で,年100万円を上限にした事業予算の計上を決定。地域のイベントやスポーツ・文化の少年団・団体などの要望を受け,7割を負担していく。

 陸別サッカー少年団は小学1年から6年生までが在籍。冬季も毎週3回練習し,年間に約50試合を行う。同JAは,ユニホームのひもが緩むほど古くなったという保護者らの相談を受け,第1弾の地域貢献事業に位置づけた。

-略-

(木村仁根)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2017年01月24日6時30分の記事
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参考写真:マツノクロキクイムシ(キクイムシ科)
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B7

 陸別町内のカラマツ民有林で, カラマツヤツバキクイムシが 大量発生 し,実被害面積約530haの大規模食害が出ていることが,1月8日までに分かりました。
 大量発生について,十勝総合振興局森林室足寄事務所の及川勇二所長は,2014年の雪害による倒木を経た2015年春に,弱まった木のフェロモン(匂い)で集まった可能性などを指摘し,「このような大規模食害は初めて。細い木・若い木にも及んでいる」と話します。
 早期の伐採・搬出を行えば,材の利用価値に影響はなく,町内では今後数年をかけて被害木を切っていく考えです。

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十勝総合振興局森林室 足寄事務所
=2014年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「キクイムシ大規模食害 陸別のカラマツ民有林530ヘクタール」 と伝えています。
 【陸別】町内のカラマツ民有林で,カラマツヤツバキクイムシが大量発生し,実被害面積約530ヘクタールの大規模食害が出ていることが,8日までに分かった。何らかの原因で弱った木に寄生したのが発端とみられる。早期の伐採・搬出を行えば,材の利用価値に影響はなく,同町内では今後数年をかけて被害木を切っていく。関係者は「十勝で過去に経験のない広がり」としている。

 十勝総合振興局森林室足寄事務所によると,キクイムシはカラマツ樹皮下に寄生する。内樹皮を食べることで木に水分が回らなくなり,枯死させる。生態に不明な点も多いが,樹木内部には侵入しない。

 大量発生について同事務所の及川勇二所長は,2014年の雪害による倒木を経た15年春に,弱まった木のフェロモン(匂い)で集まった可能性などを指摘。「このような大規模食害は初めて。細い木(若い木)にも及んでいる」と話す。

-略-

(木村仁根)

<カラマツヤツバキクイムシ>
 カラマツの枯れた木などに飛び移り繁殖する。常時少なからず寄生し,成虫(黒色)の体長は約5ミリ,年1世代とされる。カラマツの樹皮に3ミリほどの穴を開け,内樹皮で春から夏に産卵し越冬する。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2017年01月08日13時37分の記事
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参考写真:コンピュータ断層撮影(CT)
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E6%96%AD%E5%B1%A4%E6%92%AE%E5%BD%B1

 陸別町国保関寛斎診療所は, 新たなCT装置を導入 し,1月から本格運用を始めます。
 新CTは1回転(0.75秒)のX線スキャンで,64コマの断面画像が撮影可能で,該当部を立体化して見ることもできます。

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陸別・国保関寛斎診療所
=2014年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「新CT本格運用へ 陸別・国保関寛斎診療所」 と伝えています。
 【陸別】町国保関寛斎診療所(高橋克宗所長)は,新たなCT装置を導入した。1月から本格運用を始める。

 経年劣化に伴う機器の更新。同診療所の後藤敏文技師長によると,新CTは1回転(0・75秒)のX線スキャンで64コマの断面画像が撮影可能。該当部を立体化して見ることもできる。

 撮影時の息を止める時間も10秒以下に短縮され,患者負担を軽減。精密な画像が得られることから,微小な病変も発見できるという。

-略-

(木村仁根)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年12月29日7時00分の記事
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参考図:人工衛星「ひとみ」(ASTRO-H)
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%BF_(%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E8%A1%9B%E6%98%9F)

 今年2月に X線天文衛星「ひとみ」 が起こした分解事故で,衛星捜索に協力したとして,りくべつ宇宙地球科学館・銀河の森天文台に 宇宙航空研究開発機構・JAXAから感謝状 が贈られました。
 悪条件が重なり,衛星の撮影はできませんでしたが,銀河の森天文台では「科学的に意味のある経験」としています。
 「ひとみ」は今年2月17日,打ち上げられたが,米軍の観測で10個の破片が発生したことが判明し,4月28日,衛星運用が断念されました。

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銀河の森・天文台115cm望遠鏡
=2014年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「人工衛星捜索に協力 陸別天文台に感謝状 JAXA」 と伝えています。
 【陸別】今年2月にX線天文衛星「ひとみ」が起こした分解事故で,衛星捜索に協力したとして,りくべつ宇宙地球科学館・銀河の森天文台(上出洋介館長)に宇宙航空研究開発機構(JAXA)から感謝状が贈られた。悪条件が重なり,衛星の撮影はできなかったが,同天文台は「科学的に意味のある経験」としている。

 「ひとみ」は今年2月17日,打ち上げられたが,3月26日の運用開始時に衛星からの電波を受信できない状況となった。その後,米軍の観測で10個の破片が発生したことが判明。4月28日,衛星運用が断念された。

 この分解事故の流れの中で,JAXAは4月5日,国内の公開天文台にメールで,同衛星の地上光学観測を呼び掛けた。銀河の森天文台では国内最大級の115センチ,衛星の追尾も可能な大型望遠鏡を活用した。

 4月6日午後6時すぎ,破片2個の観測を開始。しかし,破片は赤道付近を通り,北緯43度の陸別からは南の空に地平高度14度と低く,春がすみのような「もや」という悪条件も重なり,撮影できなかった。

-略-

(木村仁根)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年11月22日6時30分の記事
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参考写真:北見工業大学
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E8%A6%8B%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E5%A4%A7%E5%AD%A6

 10月22,23の両日,道内大学の天文に関わる部員が交流する 第4回学生星空サミット が,りくべつ宇宙地球科学館・銀河の森天文台などで開かれました。
 今回のサミットには,北見工業大学,東京農業大学オホーツクキャンパス,名寄市立大学の学生計57人が参加しました。

参考サイト:銀河の森天文台「第4回学生星空サミット」
https://www.rikubetsu.jp/tenmon/topics/1168/

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銀河の森天文台・115cm反射望遠鏡
=2014年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「学生57人が星空サミット 陸別」 と伝えています。
 【陸別】道内大学の天文に関わる部員が交流する第4回学生星空サミットが22,23の両日,りくべつ宇宙地球科学館・銀河の森天文台(上出洋介館長)などで開かれた。

 参加したのは北見工大(林拓未代表,26人),東京農大網走校(岡部智史代表,19人),名寄市立大(田口広大代表,12人)の学生計57人。学生同士の連携を深め,大型望遠鏡など天体観察の環境が整った同天文台での体験も狙い。

 バーベキューで交流した後,同天文台職員の中島克仁さんが「星を見るということ」と題し,宇宙全般について講演した。

-略-
(木村仁根)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月26日6時45分の記事
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関寛斎開拓地のジオラマ=2015年8月,関寛斎資料館で撮影

 陸別小学校の山口稔人教諭が,陸別開拓の祖, 関寛斎に関する劇を創作 し,学習発表会で披露しました。
 児童たちが開拓期などにタイムスリップし,そこで出会った関寛斎に「自立」と「共存」を学ぶストーリーです。
 山口教諭は,昨年の5年担任時から,総合的な学習の時間の一環で,地域を知る授業に取り組んできました。

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関寛斎像=2015年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「陸別小教諭が関寛斎の劇作 学習発表会で披露」 と伝えています。
 【陸別】陸別小学校(森雅仁校長,児童95人)の山口稔人教諭(28)が,陸別開拓の祖,関寛斎に関する劇作を手掛け,学習発表会で披露した。児童たちが開拓期などにタイムスリップし,そこで出会った関寛斎に「自立」と「共存」を学ぶユニークなストーリーだ。  山口教諭は「自分たちが住む場所の歴史を知ること。そして関寛斎の生きざまを表す自立と共存が,現代にも生きるキーワードとなるのでは」とし,昨年の5年担任時から,総合学習の一環で,地域を知る授業に取り組んできた。

 児童は関寛斎資料館(道の駅オーロラタウン93内)で調べた内容をかべ新聞にし,また,しばれフェスティバルでのパネル展示なども行ってきた。今回の6年生学習発表会(16日)は,2年越しの集大成となる。

-略-

 あらすじは,「陸別のことを発表してほしい」という児童への依頼から始まり,ひょんなことから関寛斎の医師時代と開拓時代に案内されるという物語。開墾した土地は協力者に譲り,自立を促しながら差別をなくして共存していく姿が描かれる。現代に戻った児童たちは「あの人たちの活躍で今の生活がある」とし「自分の考えを持つ」ことが自立だと結んでいく。

-略-

(木村仁根)

<関寛斎>
 1830年~1912年。上総国山辺郡中村(現千葉県東金市)に農家の長男として生まれる。33歳で徳島藩医になり,約40年にわたり医学の道に。理想を追い,72歳で陸別町の斗満に入植。無料診療を続け自作農育成に励んだ。82歳没。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年10月22日6時00分の記事

考:関 寛斎

 関 寛斎(せき かんさい、文政13年2月18日(1830年3月12日)-大正元年(1912年)10月15日)は、幕末から明治時代の蘭方医。

経歴[編集]
 1830年(文政13年)、上総国(現在の千葉県東金市)東中の農家の子として生まれる。養父の儒家関俊輔に薫陶され、長じて佐倉順天堂に入り、佐藤泰然に蘭医学を学び、26歳の時銚子で開業。豪商濱口梧陵の支援で長崎に遊学、オランダ人医師ヨハネス・ポンペ・ファン・メーデルフォールトに最新の医学を学び、銚子を去って徳島藩の典医となる。戊辰役には官軍の奥羽出張病院長として、敵味方の別なく治療に当る。信ずるところあって徳島に帰り、一町医者として庶民の診療、種痘奉仕などに尽力し、「関大明神」と慕われる。
 1902年(明治35年)、72歳にして一念発起し、原野だった北海道陸別町の開拓事業に全財産を投入し、広大な関牧場を拓く。のちにこの土地を開放し、自作農創設を志すが果たせず、1912年(大正元年)82歳にして服毒により自らの命を絶つ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%AF%9B%E6%96%8E

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参考写真:「暮しの手帖」第1号
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%AE%E3%81%97%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%B8%96

 NHKの朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルとなった生活雑誌「暮しの手帖」の創刊者と編集長が50年前に取材のため陸別に来町し, 「零下三十度の町」と題した 特集記事を掲載 しました。
 記事と写真は極寒生活の厳しい現実を伝えるもので,一部住民からは批判の声が上がったようです。
 しかし,記事に触発されるように,町商工会青年部が冬のイベントづくりを模索し「しばれフェスティバル」などを実現しました。

 私(ブログ作成者)は,当時本別町で中学校生活をしていて,「暮しの手帖」誌に「陸別特集」が取り上げられたことを,うっすらと記憶しています。
 記憶が曖昧で,正確でないかもしれませんが,当時の町民の受け止め方は,どちらかというと否定的で,記事について社に抗議した方もいたのではないでしょうか…。
 しかし,その「寒さ日本一」を生かして,町おこしに繋げていることに,陸別の人々のたくましさを感じます。
 現在使用中の小学校5年の東京書籍版の「社会科」では,陸別の寒さについて取り扱っています。日本一の厳寒の中で暮らす,陸別の人々の努力が,小学生の心に伝わってきます。

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参考写真:JR北海道当時の駅舎
=1989年3月
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E5%88%A5%E9%A7%85

 十勝毎日新聞が, 「『暮しの手帖 半世紀前に陸別の寒さ特集」 と伝えています。
 NHKの朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルとなった生活雑誌「暮しの手帖」の創刊者と編集長が50年前に取材のため来町し,同誌に「零下三十度の町」と題した特集記事を掲載している。記事と写真は極寒生活の厳しい現実を伝えるもので,一部住民からは批判の声が上がったが,当時,町役場職員の広報担当として案内役を務めた斎藤省三さん(82)は「町民が寒さを前向きに捉えようとする契機となった記事」と,毎朝テレビ小説を見ながら感慨深げだ。

「フリーザー」 写真交え15ページ
 特集記事は1966年2月号に掲載。「日本紀行」と題した連載の巻頭特集の7回目で,15ページにわたり陸別の生活を写真を交えて紹介している。記事は「町を歩いていると,空気が,まるで無数のガラスの破片のように,顔に突きささってくる」「陸別の町のひとは,いってみれば一年の半分ちかくを,フリーザーのなかで暮しているようなものである」(いずれも原文のまま)など厳しい寒さを表現した字句が並ぶ。

   -略-

 記事に触発されるように,町商工会青年部が冬のイベントづくりを模索。斎藤さんは「記事で夢がないと指摘された若者が,寒さを逆手に取ったしばれフェスティバルを生み出した」と記事の意義を振り返っている。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース/2016年8月5日 14時15分の記事http://www.tokachi.co.jp/news/201608/20160805-0024406.php
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参考写真:H-IIAロケット17号機による「あかつき」の打ち上げ
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fb/H-IIA_F17_launching_AKATSUKI.jpg/800px-H-IIA_F17_launching_AKATSUKI.jpg

 7月9日,りくべつ宇宙地球科学館・銀河の森天文台主催の「陸別スターライトフェスティバル」が,銀河の森天文台で開かれました。
 日本の金星探査機「あかつき」プロジェクトマネジャーの中村正人JAXA教授が,金星探査について講演しました。
 町内外から約200人が参加し,大型望遠鏡も一般開放され,来場者は星を観察しながら宇宙への関心を深めました。

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115㎝反射望遠鏡
=2014年8月撮影

 十勝毎日新聞が, 「金星探査機マネジャーが講演 陸別・スターライトフェス」 と伝えています。
 【陸別】陸別スターライトフェスティバル(りくべつ宇宙地球科学館・銀河の森天文台主催,足寄動物化石博物館,宇宙航空研究開発機構=JAXA協力)が9日,同天文台で開かれた。日本の金星探査機「あかつき」プロジェクトマネジャーの中村正人さん(JAXA教授)が金星探査の意義などを語った。

 町内外から約200人が参加。「宇宙のまちづくり」を進める大樹町の酒森正人町長も駆け付けた。

  -略-

 この後,札幌のアンサンブルグループ「奏楽(そら)」の演奏が行われた。会場では大型望遠鏡も一般開放され,来場者は星を観察しながら宇宙への関心を深めた。(鈴木裕之)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年07月12日7時18分の記事
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陸別消防署
=2014年8月撮影

 7月6日, ちびっ子防火フェスティバル が,陸別消防署庁舎前広場で開かれた。
 陸別保育所の子どもたちや保護者に防災意識を高めてもらおうと毎年行っていて,園児が防火服を着て放水を体験しました。
 また,保護者と一緒に消防車の乗車体験もしました。

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陸別保育所
=2016年5月撮影

 十勝毎日新聞が, 「園児65人が放水体験 陸別・防火フェス」 と伝えています。
 【陸別】「ちびっ子防火フェスティバル」が6日,陸別消防署(高橋直人署長,署員16人)庁舎前広場で開かれた。陸別保育所(丹野景広所長,園児65人)の園児が放水などを体験した。

 子どもたちや保護者に防災意識を高めてもらおうと毎年行っている。

 同消防署の高橋署長が「消防は火を消したり,人を助けたりする仕事です」とあいさつ。子どもたちは防火服を着て子ども用消防車に乗りホースまで移動。アンパンマンの的に向かって勢いよく放水した。保護者と一緒に消防車の乗車も体験した。

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(津田久美通信員)
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2016年07月08日8時20分の記事
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「しばれ君」と「つららちゃん」=2014年8撮影

 陸別町のテント製造業・本田商店は,町のマスコットキャラクター 「しばれ君」と「つららちゃん」をデザインした せんべいを開発 しました。 本田商店のキャラクター菓子としては,まんじゅうに次ぐ第2弾で,本田学代表は「陸別の新たなお土産として定着させたい」とPRしています。
 本田商店は,2013年2月に,土産用菓子として「しばれ君・つららちゃんまんじゅう」を開発し,これまでに1万5000箱を販売,陸別のPRにひと役買っています。
 今月中に,道の駅オーロラタウンりくべつ93内の町観光物産館とマルサンストアーでも販売を始める。

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道の駅オーロラタウンりくべつ93=2014年8撮影

 十勝毎日新聞が, 「しばれ君せんべい誕生 陸別の新土産品に」 と伝えています。
 テント製造の本田商店(栄町,本田学代表)は,町のマスコットキャラクター「しばれ君」と「つららちゃん」をデザインしたせんべいを開発した。同商店のキャラクター菓子としては,まんじゅうに次ぐ第2弾で,本田代表(45)は「陸別の新たなお土産として定着させたい」とPRしている。

 同商店は2013年2月に,土産用菓子として「しばれ君・つららちゃんまんじゅう」を開発。米粉ともち米粉を混ぜた生地は弾力ある独特の食感で,これまでに1万5000箱(6個入り)を販売,陸別のPRにひと役買っている。

 まんじゅうの製造過程で出る生地の耳をせんべいとして有効利用しようと考え,昨年5月から本格的に試作を開始。キャラクターの顔をあしらった特製の型で焼き上げた。

   -略-

 今月中に,道の駅オーロラタウンりくべつ93内の町観光物産館とマルサンストアーでも販売を始める。1袋(10枚入り)540円。問い合わせは同商店(0156・27・2224)へ。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース/2016年7月6日 14時02分の記事http://www.tokachi.co.jp/news/201607/20160706-0024146.php
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