2010年 07月 23日 ( 2 )

7月15日(木)、本別町主催の戦没者・戦災死没者追悼式が、ふれあい交流館で行われました。遺族などが出席して、戦争で犠牲になった339人の冥福を祈りました。
 町内では日清、日露、太平洋戦争で299人が戦死。1945年の本別空襲で40人が犠牲になっています。
 また、昭和20年4月の沖縄戦では、52人の本別町民が命を落としていて、これは地域別戦没者の多さでは、一番になるとのことです。
町は平和の礎となった先人をしのび、本別空襲があった7月15日に合わせて毎年、追悼式を行っています。
 参加者は、午前10時すぎのサイレンを合図に黙とうをささげたました。その後、高橋正夫町長式辞を述べ、笠原求町議会議長、粂田達一町社会福祉協議会会長、政木高治町遺族会会長らが追悼の言葉を述べました。
《写真:広報ほんべつ7月号》
 今年の「わが町の7月15日」は、テーマが『沖縄戦と学徒隊』
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 池田町や本別町でマイマイガの幼虫が大量死している問題で、原因を調べていた独立行政7月20日(火)、法人森林総合研究所は
b0171771_3232126.jpg①カビの一種による疫病
②ウイルスによる膿(のう)病
③寄生バエ

以上のの3要因がからんでいるとの見方を発表しました。
 同研究所昆虫管理研究室の島津光明主任研究員は、7月12日から3日間、新得、足寄、本別、池田、浦幌などで大量死した幼虫の死骸と生きている幼虫の両方を採取し、分析を進めていました。
 島津研究員によると、研究室に持ち帰った幼虫も続々と死んで、死骸からはカビの一種が確認され、核多角体病ウイルスによる膿病や、寄生バエに産卵されて死んだ幼虫もいたということです。一昨年から昨年にかけて秋田、岩手両県であったマイマイガ大発生とその終息例も参考に、十勝東部については、幼虫はほとんど生き残れず、大発生は終息するとの見方を示ました。
《写真:木の幹で死んだマイマイガの幼虫》
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