2010年 06月 07日 ( 2 )

 6月7日(月)、足寄町でラワンブキの収穫が始まりました。b0171771_1921869.jpgラワンブキは、北海道遺産に指定されていて、足寄町内の農場で、22戸約15ヘクタール栽培されています。
 関東や沖縄など全国各地に発送、敷地内の直売所には町内外から旬の味を求める客も訪れています。 “足寄の顔”として年々知名度が上がっているラワンブキは、螺湾地区などに自生していました。最近では、作付け農家も増えています。
 今年は春先からの低温で例年より生育が1週間ほど遅れているものの、最近の好天で成長が進み、農場では大きいものは約2メートルに成長しました。

地図 赤☆印…ラワンブキ栽培の中足寄地区 青★印…螺湾地区

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 帝銀事件で無実を訴えながら獄中死した小樽育ちの画家、故平沢貞通元死刑囚の養子の武彦さんが、美術館建設を目指し、散逸した絵画を探しています。調査のため十勝入りした武彦さんは6月4日(金)、帯広を訪れ「多くの絵画が残っている可能性がある」と、情報提供を呼び掛けました。
 平沢元死刑囚は、二科展や帝展(現・日展)にも入選したテンペラ画の大家。武彦さんによると、1948年に逮捕されるまで千点ほどの作品を描いたが、事件後は作品を手放す人が続出。現在は127点の所在しか分かっていません。
 平沢元死刑囚は逮捕前の26年(大正15年)、鹿追村(現・鹿追町)の然別湖畔の旅館に約1カ月滞在、帯広で個展も開いたといわれます。武彦さんは、平沢元死刑囚の画家としての功績に光を当てるため、道央圏で美術館の建設を計画しています。

《参考:帝銀事件(ていぎんじけん)》b0171771_17584193.jpg
 1948年(昭和23年)1月26日、東京都豊島(としま)区長崎町の帝国銀行椎名町(しいなまち)支店で起こった、青酸化合物による殺人強盗事件。犯人は都の衛生課員を装い、赤痢予防薬と欺いて行員ら16名に青酸化合物入り液体を飲ませ12名を毒殺、この間に現金・小切手約18万円を奪って逃走。当初、警察は青酸化合物の扱いに熟知した人物として旧陸軍細菌部隊関係者を追ったが捜査は難航した。
 しかし事件発生から7か月後、捜査当局は唯一の証拠品の名刺を手掛りにテンペラ画家平沢貞通(さだみち)を小樽(おたる)で逮捕。平沢はいったんは自白したが、公判で否認し、1950年一審で死刑判決、55年最高裁で確定後も再審要求を続けた。平沢真犯人説については物的証拠に欠けるため、1962年には作家の森川哲郎を中心とする「平沢貞通氏を救う会」が結成されるなど、無実を主張する運動も広がった。歴代の法務大臣が死刑執行命令を出さないまま長期拘置が続いたが、平沢は刑確定32年を経た1987年5月、95歳で東京の八王子医療刑務所で死亡、戦後司法制度の歴史に特異な軌跡を残した。
[ 日本大百科全書(小学館) ]
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%B8%9D%E9%8A%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6/
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