2009年 10月 18日 ( 2 )

 本別町出身の沢井進さんが北海道新聞で紹介されました。
 沢井さんは、1932年(昭和7年)本別町下仙美里出身。1968年から道ウタリ協会理事。72年から3期12年間、同副理事長。96年から1期4年間、同筆頭副理事長。英雄叙事詩ユカラを初めて劇化したユーカラ座の設立メンバーの1人。阿寒アイヌコタンに61年から民芸品店「ピリカ(『美しい』の意)沢井」を経営しています。

 なお、母親の故沢井トメノさんは、長年にわたって、アイヌ語やアイヌ文化の伝承、保存に務められました。「沢井トメノ 十勝本別アイヌ語分類辞典-人間篇・動物篇・植物篇・民具篇」(本別町教育委員会 1989年)の編集協力は大きな功績として、評価されています。また、アイヌ語十勝方言の伝承、保存は沢井さんの氏の協力なくしては考えられものでしょう。平成4年には、本別町文化賞と北海道文化財保護功労賞を受賞されました。 

 2007年5月8日付の北海道新聞釧路版夕刊の「ピラヤ」で、沢井さんが紹介されました。「ピラヤ」はアイヌ民族の今を伝え、文化と歴史を考えるページで、現在も、道東のアイヌ民族の取り組む姿や彼らの思いを発信しています。
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 下記のURLで、北海道新聞の記事本文と動画(映像)が、ご覧いただけます。沢井さんの話から、昔、本別でトウキビを大きな町に売りに行った話や観光地阿寒の様子が、懐かしく思い出されます。
 記事のタイトルは「沢井進さん(74)=阿寒在住/イコロ・宝物 クアリ(仕掛け弓)」
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/piyar/10364.html

地図の赤の白抜き☆印は本別町下仙美里  青の白抜き☆印は本別町フラツナイ
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10月17日(土)、北海道立農業大学校で「農大市」が行われました。
 旧仙美里駅から車で5分にある農大(本別町西仙美里25番地1)は、毎年恒例の「農大市」で、学生が直接生産したり、加工した農畜産物の販売を行っています。農大には、畑作園芸経営学科、畜産経営学科、農業経営研究科があり、それぞれの努力の成果が販売されました。収穫したばかりのジャガイモ、豆類、タマネギが、飛ぶように売れていました。好評なのは、「仙美里ヶ丘」ブランドの農大特製アイスクリームやジャム、農大の小麦で作ったパン、農大の牛乳を使用したチーズなど…。

 農大は、先頃、江別市にある酪農学園大学と共同で、十勝産豚肉を使ったオリジナルのベーコンをの製品化に取り組んできました。試作を重ねてきた結果、9月24日、本別町の農大で両大の学生が、初めての製品の完成にこぎ着け、関係者みんなでおいしさを確認しました。 
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  戦時中に使用されていた教員住宅(写真)が今も農大のそこここに残っています。映画「硫黄島からの手紙」に登場していた「バロン西」こと西竹一陸軍中佐(戦死後は大佐に特進)も、一時ここに奉職し、住んでいました。西中佐は、1932年に参加したロサンゼルスオリンピックでは、ウラヌス号に乗って馬術大障害飛越競技で優勝、金メダルに輝いています。当然、ウラヌス号も、旧陸軍省軍馬補充部十勝支部が置かれていたため「軍馬」と言われていた、ここ本別・西仙美里の地に、西中佐とともにいたわけです。

☆印が北海道立農大学校のある本別町西仙美里地区


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