参考写真:キ49 一〇〇式重爆撃機 「呑龍」
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私設博物館「昭和ナツカシ館」 に,防火團(だん)のメガホンなど約100点の
戦争関連品が収蔵 されています。
参納弘義館長は「戦争の愚かさを伝えるには実物を残していくことが大切。平和のために何ができるのか,一人ひとりが考える機会になれば」と願っています。
特に,太平洋戦争時の日本軍爆撃機「呑龍(どんりゅう)」のタイヤは,存在感を放っています。
博物館「昭和ナツカシ館」=2015年8月撮影 十勝毎日新聞が,
「貴重な戦争関連品収蔵 昭和ナツカシ館 帯広」 と伝えています。
帯広市内の私設博物館「昭和ナツカシ館」(西13南12)に,爆撃機のタイヤや防火團(だん)のメガホンなど約100点の戦争関連品が収蔵されている。参納弘義館長(77)は「戦争の愚かさを伝えるには実物を残していくことが大切。平和のために何ができるのか,一人ひとりが考える機会になれば」と願う。
存在感を放つのが太平洋戦争時の日本軍爆撃機「呑龍(どんりゅう)」のタイヤ。直径約80センチと巨大で,「空気は抜けておらず,今でも使えるだろう。感動するほどしっかりした製品」と参納さんは驚く。
10年ほど前に池田町の農家から譲り受けた。旧帯広飛行場で使われ,終戦後は馬車の車輪用に農家が保管していたと推測する。
-略- 参納さんには,戦争のつらい記憶がある。市内西2南8にあった実家は1945年7月,家屋密集地帯に避難所を造る「強制建物疎開」の名目で国により解体された。
-略-
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2017年7月30日 13時39分の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201707/20170730-0027124.php