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稲士別駅廃止を惜しむ


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現在のJR「稲士別駅」
=2017年2月撮影

 幕別町にあるJR稲士別(いなしべつ)駅で,50年以上前に駅舎隣に住み込みで切符や日用品などを販売していた中村勝也さんミエ子さん夫妻は,3月4日の駅廃止 を惜しんでいます。
 夫妻や友人の話によると,開業は1959年(昭和34年)10月で,同駅にはかつて旧国鉄の保線区の拠点がありました。 近くにあった亜炭を掘る炭鉱の職員なども利用し,にぎわっていた時期があったとのことです。

b0171771_09214175.jpg 私(ブログ作成が,今冬の2月,十勝に帰省し「稲士別駅廃止」とのことで,見に行きました。幕別町の私立高校の近くで,下校する何人かの生徒に「稲士別駅はどこですか?」と聞きましたが,だれも知りませんでした。
 となりの札内駅を利用して,帯広方面から通学しているようですが,意外でした。
 町道幕別札内線沿いに,「稲士別駅」停車場に到着しました。
 時刻表(中写真)を見ると,下り(池田方面)が14時~18時に5本,上り(帯広方面)が7~8時と18時の3本しか停車しないことが分かりました。
 停車場の写真を撮って駅を離れると,間もなく帯広方面行きのジーゼルカーの普通列車が通過しました。稲士別は,普通列車が停車しないことが多いのです。当然,通過する時刻は,駅の時刻表には出ていませんでした。
 私は,貴重なワンショットを逃してしまいました。残念……。
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参考写真:稲士別駅舎(現存せず)=2004年2月
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%A3%AB%E5%88%A5%E9%A7%85


 十勝毎日新聞が, 「稲士別駅廃止を惜しむ 50年前駅舎隣に居住の夫婦」 と伝えています。
 【幕別】JR稲士別駅(町千住)で,50年以上前に同駅舎隣に住み込みで切符や日用品などを販売していた中村勝也さん(79)ミエ子さん(80)夫妻は,同駅の廃止(3月4日)を惜しんでいる。夫妻や友人の話によると,同駅にはかつて旧国鉄の保線区の拠点があり,近くにあった亜炭を掘る炭鉱の職員なども利用し,にぎわっていた時期があった。

 同駅についてはJR北海道にも資料が少なく,歴史については確認できない部分が多い。  町史では1950年に仮乗降場が設置されたとあるが,JRによると1959年開駅となっている。勝也さんの父親(故人)は,国鉄職員で,53年に池田から稲士別の保線区に転勤になったことから,そのころから乗降場は存在していたことが伺える。

 勝也さんは当時は池田高校生で,同駅を使って通学。帰りは同駅に停まる列車がないため,札内駅まで行って一度降り,逆方向に乗り直して帰宅したという。

 当時の稲士別駅には木造の駅舎,駅北側に国鉄の官舎があり,職員5,6人,家族を含めれば20~30人が住んでいたという。勝也さんは「花見の時は皆が集まってにぎやかだった」と振り返る。

-略-

 メモ 亜炭
 炭化度の低い石炭。火力は弱いが安価で,戦後,家庭や工場などの燃料として重宝された。稲士別駅付近の炭鉱は1961~63年ごろに閉山した。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース電子版/2017年02月11日8時00分の記事
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by hombetu | 2017-02-12 06:03 | 十勝の町や村の様子 | Comments(0)