「暮しの手帖」,50年前に陸別の寒さ特集

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参考写真:「暮しの手帖」第1号
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%AE%E3%81%97%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%B8%96

 NHKの朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルとなった生活雑誌「暮しの手帖」の創刊者と編集長が50年前に取材のため陸別に来町し, 「零下三十度の町」と題した 特集記事を掲載 しました。
 記事と写真は極寒生活の厳しい現実を伝えるもので,一部住民からは批判の声が上がったようです。
 しかし,記事に触発されるように,町商工会青年部が冬のイベントづくりを模索し「しばれフェスティバル」などを実現しました。

 私(ブログ作成者)は,当時本別町で中学校生活をしていて,「暮しの手帖」誌に「陸別特集」が取り上げられたことを,うっすらと記憶しています。
 記憶が曖昧で,正確でないかもしれませんが,当時の町民の受け止め方は,どちらかというと否定的で,記事について社に抗議した方もいたのではないでしょうか…。
 しかし,その「寒さ日本一」を生かして,町おこしに繋げていることに,陸別の人々のたくましさを感じます。
 現在使用中の小学校5年の東京書籍版の「社会科」では,陸別の寒さについて取り扱っています。日本一の厳寒の中で暮らす,陸別の人々の努力が,小学生の心に伝わってきます。

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参考写真:JR北海道当時の駅舎
=1989年3月
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E5%88%A5%E9%A7%85

 十勝毎日新聞が, 「『暮しの手帖 半世紀前に陸別の寒さ特集」 と伝えています。
 NHKの朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルとなった生活雑誌「暮しの手帖」の創刊者と編集長が50年前に取材のため来町し,同誌に「零下三十度の町」と題した特集記事を掲載している。記事と写真は極寒生活の厳しい現実を伝えるもので,一部住民からは批判の声が上がったが,当時,町役場職員の広報担当として案内役を務めた斎藤省三さん(82)は「町民が寒さを前向きに捉えようとする契機となった記事」と,毎朝テレビ小説を見ながら感慨深げだ。

「フリーザー」 写真交え15ページ
 特集記事は1966年2月号に掲載。「日本紀行」と題した連載の巻頭特集の7回目で,15ページにわたり陸別の生活を写真を交えて紹介している。記事は「町を歩いていると,空気が,まるで無数のガラスの破片のように,顔に突きささってくる」「陸別の町のひとは,いってみれば一年の半分ちかくを,フリーザーのなかで暮しているようなものである」(いずれも原文のまま)など厳しい寒さを表現した字句が並ぶ。

   -略-

 記事に触発されるように,町商工会青年部が冬のイベントづくりを模索。斎藤さんは「記事で夢がないと指摘された若者が,寒さを逆手に取ったしばれフェスティバルを生み出した」と記事の意義を振り返っている。
以上引用:十勝毎日新聞社ニュース/2016年8月5日 14時15分の記事http://www.tokachi.co.jp/news/201608/20160805-0024406.php
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by hombetu | 2016-08-09 06:45 | 陸別町の様子 | Comments(0)