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「カニの家」帯広駅前に3日間限定“復活”

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写真:JR帯広駅北口/2011年8月撮影


 大きなリュックサックを背負った姿から「カニ族」と呼ばれた旅行者やオートバイで旅をする若者たちのため、1971年から20年間にわたってJR帯広駅周辺に開設された無料宿泊施設「カニの家」が8月8日~10日の3日間、市民有志の手で同駅北口多目的広場に復活することになりました。
 大型テントと畳で “元祖”の「カニの家」を再現 して、来場者に当時の雰囲気を体感してもう予定です。


 私(ブログ作成者)は、大学進学で北海道から上京してからは、帰郷の折青函連絡船で北函館に着き、国鉄時代の北海道「ワイド周遊券」を使って、道内をケチケチ旅行しました。やがて、就職してからは「立体周遊券」(?)で、片道だけ飛行機を利用して北海道旅行を楽しみました。

 数十年前北海道に住んでいた時から、「カニ族」と同様に「ハチ族」が多かったことを思い出します。バイクでキャンプしながら走り回る若者のことです。荷台に大きな荷物を乗せて、ぶんぶん「ミツバチ」のように飛び回っているからその名が付いようです。
 かなり少数派になったようですが、今でもバイクに乗って旅する「ハチ族」を帰郷のたびに目にします。ぜひ、北海道のよさを経験してほしいと願います。

 十勝毎日新聞が, 「『カニの家』駅前に“復活” 8月3日間限定イベント」 と伝えています。


 【帯広】大きなリュックサックを背負った姿から「カニ族」と呼ばれた旅行者やオートバイで旅をする若者たちのため、1971年から20年間にわたってJR帯広駅周辺に開設された無料宿泊施設「カニの家」が8月8~10の3日間、市民有志の手で同駅北口多目的広場に復活する。大型テントと畳で“元祖”の同家を再現、来場者に当時の雰囲気を体感してもらう。同3日から31日には旧ホテルみのや1階「十勝サロンアネックス」(西2南10)で、カニ族たちが親しんだ“帯広の味”も提供、かつての帯広の夏をよみがえらせる。

 市内の飲食店「立ち食い処『結』」店主の本間辰郎さん(57)が企画。本間さんは高校時代に見たカニ族たちが帯広の盆踊りで楽しそうに踊る姿が目に焼き付いている。「伝説のカニの家」を復活させ、中心街活性化のヒントにしようと、同家の管理・運営を担っていた参納弘義さん(74)=帯広、昭和ナツカシ館館長=に協力を依頼した。

 参納さんは当時、同家の向かいで「喫茶さんのう」を経営。カニ族たちが旅費を稼ぐため農場の仕事などアルバイト先も紹介し、面倒を見た。ピーク時には1カ月で1500人が宿泊し、「カニ族たちの口コミで帯広・十勝が道外に広まっていった」という。十勝を気に入り、移住したカニ族も少なくない。同家は93年に大正町へ移転した。

 同広場では大型テント2基の中に畳を敷いて同家を再現し、テントの中で往時のカニ族の写真を展示する。豪華景品が当たる「トウキビ早食い選手権」(10日午前11時~)などのイベントも開催する。

 同アネックスでは、同喫茶でカニ族たちに親しまれた「田舎風スパゲティー」「ジャガイモたっぷりカレーライス」の懐かしのメニュー(いずれも500円)を本間さんが調理して提供。帯広在住のミュージシャン金安彰さん(ギター・ボーカル)、渕根克伸さん(パーカッション)、npeかどわきさん(ベース)による生演奏もある(日時は未定)。

 また、同会場では参納さんのコレクションによる「帯廣町商店街歴史展」も開催。商人道具や生活用品など50点を並べ、明治から昭和の帯広の様子を紹介する。カニ族たちがつづったノートも並べる。


    -略-


以上引用:十勝毎日新聞社ニュース/2014年7月31日 14時16分の記事
http://www.tokachi.co.jp/news/201407/20140731-0018941.php


参考:カニ族

 カニ族(カニぞく)とは、横長の大型リュックサックを負った旅装、およびそのような出で立ちの者たちを指した日本での俗称であり、世界的にはバックパッカーと呼ばれる。
 1960年代後半から1970年代末期にかけ、登山者や、長期の低予算旅行をする若者に多く見られた。


語源[編集]

 1960年代当時、長期旅行や本格的登山に適する、大量に荷物の入る大きなリュックサックは、キスリング型リュックサックと呼ばれる横長のものしかなかった。これは幅が80cm程度あり、背負ったままでは列車の通路や出入り口は前向きに歩くことができず、カニのような横歩きを強いられたこと、またリュックサックを背負った後ろ姿がカニを思わせることから、この名が自然発生した。なお当初は「リュック族」と呼ばれていたが、1967年8月7日付けの朝日新聞で「カニ族」と紹介され、以後その呼称が定着した[1]


旅費節約[編集]

 交通費の大方は周遊券で賄えたが、国鉄線・国鉄バス(周遊券利用可能)で行けない地域には一般の路線バスを利用せねばならず、ヒッチハイクを用いる事例もあった。
 宿代と食費は、カニ族にとっての難題であった。
 食事と就寝場所が廉価に提供されるユースホステルは、北海道内で1965年以降急激に増え1970年ころにはおよそ100箇所の施設が存在した[4]。ユースホステルは旅行者同士の交流場所となることもあって人気は高く、各人お気に入りのユースホステルでは長期滞在をすることもあった[5]。畳やカーペットなどが敷かれているだけで、最低限雑魚寝できるのみの簡易な民宿がカニ族向けに開設される例もあった。また、帯広市の「カニの家」のように、駅の近くに簡易宿泊所ができた例もあった。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8B%E6%97%8F



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by hombetu | 2014-08-09 06:34 | 帯広市の様子 | Comments(0)