「浦幌炭礦」跡地に案内板

 このほど、「浦幌炭礦」跡地に案内板 が設置されました。
 浦幌の炭山地区 に、かつて「浦幌炭鉱」がありました。
 大和鉱業が、大正7年に開発を始めました。しかし不況と輸送の不便さのため、昭和初頭になって本格的に開発することになりました。昭和8年から炭鉱鉄道の建設に着手しますが、豪雨の影響などで開通を果たせず採算の悪化からか昭和11年に三菱雄別炭鉱に買収され尺別炭鉱の支鉱となります。石炭は浦幌からではなく山を越える索道にて尺別炭鉱へ送られたのです。

 「十勝毎日新聞」が 『よみがえる「浦幌炭礦」 史跡案内看板が完成』 と、史跡案内板が完成したことを伝えています。
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 東十勝ロングトレイル活動協議会(会長・萩原一利帯広建設業協会会長)が浦幌町炭山の「浦幌炭礦」跡で整備を進めていた史跡案内標識(看板)が完成し、21日の「森のルート」ツアーで事実上のお披露目となる。設置には元炭鉱市街地住民の谷崎由喜男さん(75)=帯広市在住、元小学校教諭=が全面協力。谷崎さんは「炭鉱があり、人の暮らしがあったことを多くの人に知ってもらえる」と完成を喜んでいる。

 同協議会は一昨年から、炭鉱跡や留真温泉、K/T境界層露出地などを活用したトレッキングコースの設定を模索。この中で、炭鉱が操業していた当時を知り、現在も記録に残す取り組みを行っている谷崎さんから資料と知識の提供を受けた。

 看板は地場産のカラマツ材で大小27基を造り、炭鉱社員のアパート街をはじめ、映画上映などさまざまな催しでヤマで働く人たちを楽しませた「協和会館」跡、小学校跡、病院跡などに設置した。それぞれ谷崎さんから提供を受けた写真を取り付けている。

 特に史跡の入り口となるアパート跡の前には、高さ約3メートル、畳1畳分ほどの大きな看板を設置。谷崎さんが執筆した、「浦幌炭礦」の1895(明治28)年から1954(昭和29)年の閉山までの歴史がつづられている。
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以上の引用:「十勝毎日新聞」2011/05/14 14:18
http://www.tokachi.co.jp/news/201105/20110514-0009174.php

《参考:釧路産炭地域の歴史 - サンタン7》
釧路炭田への誘い DVD「炭鉱遺産を訪ねて」》 → 「十勝野にあった炭鉱 浦幌炭礦(浦幌町)」の項目で、約2分の映像がご覧いただけます。
http://www.santankushiro.com/i05.html#dvd

《参考:浦幌炭鉱 (2006/07/17)》
「浦幌炭礦」の山の様子が画像と解説で紹介されています。
http://www.branle.net/misc/drive/20060717/index.html

地図 青☆印:浦幌町炭山地区  緑☆印:釧路市音別町尺別地区

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by hombetu | 2011-05-16 05:59 | 十勝の町や村の様子 | Comments(0)