本別の「諏訪神社」で復建作業

 長野県からの入植者によって諏訪山頂上に設置された 本別町の諏訪神社 が、4月30日、半世紀ぶりに設置当時の姿に戻りました。(写真:本別公園内の諏訪神社跡地図)b0171771_1214343.jpg
 社部分が台座脇の沢に転落した1960年以降、山頂には台座だけが残っていましたが、ボランティアが麓の本別神社にあった社を山頂に引き揚げ、元の台座に安置しました。
 かつての姿を取り戻した同神社は、再び山頂にたたずんでいます。
 本別町の「諏訪神社」1926年、長野県諏訪神社 から分霊される形で設置されました。しかし、1960年ごろに何らかの理由で社部分が台座脇の沢に転落。同神社奉賛会が1971年、沢から社を引き揚げ、現在の静山キャンプ場近くに移転させたものの、同奉賛会の解散後、社部分が人づてに本別神社に持ち込まれたままとなっていたものです。
 社の引き揚げ作業は、ボランティア11人によって丸1日がかりで行われました。石造りの社(およそ1m四方、重さ300kg)を3分割して土そりに載せ、本別神社から山頂までの約1kmを登山道伝いに小型重機でけん引し、さらに山頂の台座を水平に戻し、付着したコケなども取り除いた上で慎重に収められました。
 諏訪山を含む本別公園周辺には、有名歌人の石碑に加え、郷土史に縁がある自然構造物などが点在しています。本別公園周辺の遊歩道や史跡の再整備などに取り組むボランティア組織「森と川の舎」(新津和一会長)が、今回の復建のために汗を流しました。




《参考:諏訪神社》
 諏訪神社(すわじんじゃ)は、長野県の諏訪湖の両岸にある諏訪大社より祭神の勧請を受けた神社である。諏訪神社を中心とする神道の信仰を諏訪信仰(すわしんこう)という。諏訪信仰は日本全国に広まっており、特に北条氏の所領に多い。諏訪神社の数は全国で約25,000社である。鹿児島県では祭神名の建御名方命から南方神社(みなみかたじんじゃ)としているものもある。
 諏訪大社の祭神は諏訪大明神ともいわれる建御名方神とその妃である八坂刀売神で、他の諏訪神社もこの二神を主祭神とする他、諏訪大神と総称することもある。諏訪大社より祭神を勧請する際には薙鎌に神霊が移され、各神社ではこれを神体としている。また、中世には狩猟神事を執り行っていたことから、狩猟、漁業を守護する神社としても崇拝を受ける[1]。これらは諏訪大社の山神としての性格を表している。
 諏訪大社では6年に一度、御柱と呼ばれる4本の杭を立てる御柱祭が行われるが、全国の諏訪神社でも同様の祭が行われる。
 岡田荘司らによれば、祭神で全国の神社を分類すれば、諏訪信仰に分類される神社は、全国6位(2,616社)であるという。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2011.05.11
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%8F%E8%A8%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE
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by hombetu | 2011-05-12 05:13 | 本別町の様子 | Comments(0)