本別高校の蓑口先生ら、9月にノモンハン事件報告会

 9月11日(土)、本別高校教諭の蓑口一哲先生ら3人が、道の駅ステラ★ほんべつで「ノモンハン事件」の報告会を行います。
 日本兵の玉砕をテーマに戦争資料をまとめている蓑口先生は今回、北海道出身者が多く犠牲になった1939年のノモンハン事件を取材テーマに設定し、町内の高野山真言宗・密厳寺僧侶の福家督和さん、立命館大学3年の古田裕之さん(足寄町出身、京都市在住)の教え子2人とともに、8月5日~15日の10泊11日の日程でモンゴルを訪問しました。
 一行はモンゴル入りした後、陸路を2日半かけて取材目的地のハルハ川一帯に入りました。現地では、取材前に接触した元日本兵の証言に基づき、かつての戦地や慰霊碑などを訪問。現地での聞き取りや写真撮影、付近に散乱する日本兵の遺品回収などに臨んだほか、福家さんは慰霊碑前で法衣を身に着け、読経や供物もささげました。
 11日午後1時から、現地で撮影した写真や持ち帰った遺留品などを示しながら、取材の成果を伝える予定で、参加料は100円です。
 主催は、本別高校歴史研究会(会長・蓑口さん)で、町民歴史講座の一環として開きます。

《蓑口 一哲プロフィル》
 1960年北海道生まれ。1982年中央大学文学部史学科卒。1996年からシルクロードを中心に取材旅行を開始。近年、戦争体験者の掘り起こしを始める。北海道本別高等学校教諭。北海道帯広市在住 。

《参考:ノモンハン事件》
 昭和14年(1939)5~9月にノモンハンで起こった軍事衝突事件。満州国とモンゴル人民共和国の国境で勃発した両国警備隊の交戦をきっかけに、満州国を支配していた日本と、モンゴルと相互援助協定を結んでいたソ連がそれぞれ軍を投入。大規模な戦闘に発展した。日本の関東軍は大本営の方針に反し独断でソ連領内へ戦線を拡大したが、ソ連の充実した機甲部隊によって壊滅的な打撃を受けた。さらに、日本と同盟関係にあったドイツがソ連との間で独ソ不可侵条約を締結し、ソ連の兵力増強が可能となったため、大本営は作戦中止を決め、9月16日にモスクワで停戦協定が結ばれた。ロシアではハルハ河事件、モンゴルではハルハ河戦争と呼ばれる。
出典:小学館「デジタル大辞泉」
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by hombetu | 2010-09-03 07:04 | 本別町の様子 | Comments(0)