7月13日(火)、本別中央小学校の6年生51人が、本別町歴史民俗資料館で開催中の特別展「わが町の7月15日 沖縄戦とひめゆり学徒隊」の会場と町図書館を訪れ、
沖縄戦の体験談を聞きました。
6年生の社会科と総合学習の授業を活用し、同校が戦争と平和の学習の一環で取り入れました。6年生は、は事前学習で沖縄戦やひめゆり学徒隊、本別空襲を学び、この日に臨みました。
この日は、上士幌町在住の
満山凱丈(よしたけ)さんから、沖縄戦の体験を聞きました。
満山さんは、1944年2月に旭川の師団に入隊し、満州駐屯を経て同年、沖縄に送られました。翌年5月、西原町運玉森の戦闘で、左目を失いました。この時、味方の3分の2は戦死し、この戦闘を機に、南端への逃避行や集団自決など「沖縄戦の悲劇」が始まったとされます。満山さんも島南端、糸満市にある余座岳の自然洞穴「ガマ」に逃れ、終戦を知らずに身を潜め続けたとのことです。
戦後は、故郷に帰れず死んでいった戦友の遺骨を拾い集めて供養するため、何度も沖縄に足を運んでいます。
満山さんが自身の悲惨な体験を振り返り、戦場で左顔面に大けがを負ったことや、戦友が次々と命を落とした戦場の様子を切々と語る一言一言に、どの子も、真剣に耳を傾けていました。
《写真:沖縄・糸満市の「平和の碑」》
碑には、十勝出身の922人の名前も、戦没者として刻まれています。